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レポート
「三陸復興国立公園」と「みちのく潮風トレイル」の魅力 / ロングトレイルから見えてくるもの
レポート
「三陸復興国立公園」と「みちのく潮風トレイル」の魅力 / ロングトレイルから見えてくるもの
鳥居 敏男 氏
東日本大震災で大きな被害を受けた三陸沿岸に5月24日、「三陸復興国立公園」が誕生しました。自然の恵みと驚異を感じるだけでなく、自然とともに生きる地域の人々との交流も、この国立公園の大きな魅力です。訪れた方々にこの魅力をじっくり味わっていただくため、青森県八戸市から福島県相馬市までの約700kmを結ぶ「みちのく潮風トレイル」も順次設定中です。講演では、この新たな国立公園とトレイルの魅力をみなさんに紹介したいと思います。
中村 達 氏
日経トレンディで今年ヒットするものの第1位に、ロングトレイルが選ばれました。静かなブームが一気に火がついたようです。健康や環境意識の高まりで、「歩く」はいま国民的なムーブメントになり、参加人口は3,000万人とも3,500万人ともいわれています。また、ロングトレイルは地域観光の活性化や雇用の創出などを目的に、全国各地で整備が進んでいます。当講座ではロングトレイルの意味とその魅力、さらには可能性についてお話ししたいと思います。
環境省 国立公園課長 /
日本ロングトレイル協議会代表委員
国立公園とロングトレイルで“グリーン復興”を【鳥居 敏男 氏】
昭和9年、「我が国を代表する傑出した自然の風景地」として8ヶ所の国立公園が指定されました。そして、これまでに30ヶ所の国立公園が指定されています。また、「国立公園に準ずる優れた自然の風景地」を国定公園と定め、現在その数は56ヶ所あります。両方を合計すると、国土の1割弱を占める面積です。その昔、こういう場所は、団体客が訪れ、温泉に入り、宴会を開き、翌日に記念写真を撮って帰ってくるという利用が一般的でしたが、今は、登山、歩くスキー、カヌー、自然観察会など様々な利用がされるようになり、より密度が濃い自然とのふれあいの場として重要性が高まってきました。現在、国立・国定公園の年間利用者数は約6億5000万人と推計されています。 ところで、その中の一つ「陸中海岸国立公園」が東日本大震災で被災してしまい、私達は、これを「三陸復興国立公園」と改め、その創設を核としたグリーン復興を提唱しました。この国立公園は、岩手県田野畑村北山崎に代表される海食崖の風景が傑出していて、リアス海岸、奇岩、白砂青松など、変化に富む海岸景観が楽しめる地域です。また一方で、この地域の地形は、地震に深く関わるプレート運動によって出来上がり、優美な景観を形づくりながらも、津波の被害を大きくする構造となっています。さらに、ヤマセによって冷害が引き起こされ歴史上何度も飢饉に見舞われた中から、冷涼な気候にも耐え得る雑穀文化や馬産地文化が発達してきました。このようなことから、三陸復興国立公園のテーマは、「自然の恵みと脅威、人と自然との共生により育まれてきた暮らしと文化が感じられる国立公園」としました。他地域から見ると、復興途上のこの地域に出向くことは復興の妨げになると思っている人も多いようですが、被災された方々にとっては、震災が忘れられていくことの方が懸念されるという話をよく耳にします。多くの人に来て、そして現在の様子を見て欲しいという想いも強くあるので、ぜひ足を向けて頂ければと思います。 そしてもう一つ、この後中村さんから詳しいお話があると思いますが、今ブームになりつつある「ロングトレイル」も、この地域で設定を進めています。長距離の道を地域の自然や文化を楽しみながら歩くロングトレイルは、日経トレンディの2013年ヒット商品ランキング1位にもなりました。三陸海岸沿いに既存の里道などをつなぐ国内最長の約700km以上のスケールで設定する「みちのく潮風トレイル」。これは、踏破する人にとって魅力的であるばかりでなく、人々が長期間歩くことで地域へのメリットも大きく、地元の人々や自然とのふれあいも生まれる効果が期待できるものです。現在、27年度の全線開通を目指して、すでに可能な地域から設定を進めているので、ご期待下さい。
ロングトレイルがもっと楽しめる時代へ【中村 達 氏】
2年前、日本のトレイルの各団体や関係省庁に呼び掛けて、ロングトレイルの協議会を作りました。目的は、全国にロングトレイルを繋ぐ、歩く文化を醸成する、トレイルで自然体験活動をする、地域活性化をする、観光資源として活用する、新しいビジネスを起こし雇用を創出するなどです。 ウォーキング人口は3000万人いると言われています。こうしたことから、先程鳥居さんのお話にもあったように日経トレンディのヒット商品ランキング1位という話にもなったのでしょうが、だからと言ってトレイルが各地にすぐに出来るわけではありません。私達は、トレイルとは10年や20年ではできないと思っています。50年100年かかるものなのです。例えば、日本で一番良く知られているトレイルの一つは四国のお遍路です。これは、千数百年前に出来た道が、江戸時代初期に宗教の信仰の道になったものです。つまり千数百年の歴史があるものなのです。結論から言うと、道とは人が歩けば勝手に出来るもので、作ったから歩けというのは、ちょっと違うのだと私は思います。 海外のロングトレイル事情をご紹介すると、アメリカでは、例えば東海岸にあるアパラチアントレイルは3500kmもあり、歩くのに半年かかります。そんなスケールのロングトレイルが、国内に何ヶ所も整備されているのです。イギリスでは、長距離のロングトレイル以外に、フットパスと呼ばれるものがあります。その距離は、イングランド、ウェールズ、スコットランドで合計22.5万kmあります。感覚としては、アメリカのロングトレイルのように気合いを入れて「行くぞー!」というものではなくて、今日は時間ができたからサンドイッチと紅茶を持ってフラッと行ってみようよ…というものです。産業革命以降、イギリスには国民に「歩く権利」というものが認められ、そのために、お城やゴルフ場、人の家の庭、公園などに、人々が通行可能な小道ができました。その経済効果、つまり食べる・飲む・買う・滞在するなどの総計は、約1兆3000億円と言われています。ヨーロッパ各国は国土が小さいために歩く道が発達したという背景があり、その点は日本とも事情が似ているのです。 日本のアウトドア業界は2000〜3000億円市場です。スポーツ関連の売上げ推移のデータを見ると、他が全て横ばいか低下傾向にある中で、アウトドア関連だけが伸びています。自然が好きな人が実際にアウトドアに出る時代になり、その延長線上にロングトレイルがあると言えます。とは言え、ロングトレイルは、まだ一般名詞としての認知もされていませんし、どの程度の距離が「ロング」なのかも人それぞれで、明確な定義もなされていません。しかし、私はよくこんな話をしています。外国人観光客が秋葉原などの電気店で何十万・何百万の買い物をするのも悪くはないですが、日本の自然の中を、日本のトレイルを、世界中から色々な人々がパックを担いで歩いてくれれば、日本の国も少しは品格が上がるのではないでしょうか。そのために、私も色々尽力して行きたいと思いますが、ぜひこの機会に、皆さんも日本のロングトレイルに足を伸ばして下さい。
構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦(エコロジーオンライン)