- パート1
- エネルギーと環境ビジネス最前線
- 新宿会場
- 18:30開始
レポート
持続可能な開発を超えて
レポート
持続可能な開発を超えて
1987年、スウェーデンのブルントラント首相は持続可能な開発を提唱しました。自動車の歴史を振り返り、現在の課題を明確にした上で、2050年のエネルギー問題を議論します。そして、将来の自動車を取り巻く技術と社会を展望し、実現すべき世界を論じます。そこには「持続可能な開発」を超えた新しい世界が見えてくるでしょう。
トヨタ自動車株式会社技監
なぜ“開発”するのか
1987年、ノルウエーのブルントラント首相は、持続可能な開発とは「将来の世代の要求を満たしつつ、現代の世代の要求も満足させる開発」と定義しました。これは現在でも真実であり、素晴らしい言葉ですが、開発をすると環境が破壊されるという当時の時代背景を反映しています。これに対して、今日の話の最終的な結論は、開発をしなければ持続性が担保できないという時代になったという話をしたいと思います。
ドイツのカール・ベンツは、1886年に三輪のガソリン自動車を発明し公道を初めて走りました。以来、現在の自動車社会のほとんどは、ドイツとアメリカによって作られてきました。1913年にフォードが大量生産システムをスタートさせたその年に、アメリカでリンカーンハイウェイ協会が創設され、大陸横断道路構想の検討が始まりました。この時代に若きアイゼンハワーは、車と高速道路が産業の発展に寄与する大きさを感じ、大統領就任後、高速道路網建設の提案書を議会に提出しました。そのタイトルは「National System of Interstate and Defense Highways」というものでした。この中の“Defense”という言葉が実は大変重要で、国のセキュリティを守るためという目的もこの計画に入っていたのです。つまり、ソ連との核戦争が始まった時、この高速道路網がなければ国民の安全を守ることができないということなのです。このような、将来の危機を見通して投資をし、それが産業の発展に繋がるという先見性は大変素晴らしいもので、先を見通す思慮と行動に我々は多いに学ぶべきではないでしょうか。
車だけを作るのではない
自動車の出現により、人々の移動能力が拡張し、産業や文化が発展しましたが、同時にたくさんの課題も生まれました。CO2削減、代替エネルギーへの対応、大気汚染の解消、交通事故、渋滞…他にも色々あります。そこで、自動車交通社会システムの革新が必要になるのですが、重要なことは、その技術の革新とは、今あるものよりも良いものを作るというようなことではありません。価値を全く変えてしまうような革新をやらなければならないのです。例えば、スティーブ・ジョブズがパソコンをiPhoneやiPadに変えたことで、その価値が全く変わりました。現在、車は走ることがその価値ですが、次の時代に車がどのような新しい価値を持つべきなのか、そこが自動車業界にとって最大のキーポイントなのです。
このようなイノベーションに取り組む上で大切なのは、まず社会的課題が何かを見つけ、その解決のための社会システムを設計し、しかもそれが現場に密着した顧客視点でなされることです。少ない燃料で速く移動できる社会を目指すとしたら、郊外を走る時は普通の乗用車で、そして市街地に入ったらコミューターや電車を利用する、或いは自転車に乗る、歩くなどのように、最適・快適なモビリティの組み合わせが考えられます。そのためには道路や交通システムの整備も不可欠です。つまり、いい車を作るだけでなく、街を良いものに変えていかなければ駄目なのです。やるべきことは、エネルギー消費量の低減、移動体エネルギー効率の革新、交通時の円滑化、都市の整備、ITS(高度道路交通システム)の導入、多様な交通手段を最適・快適に組み合わせるシステムの確立など多岐に亘ります。
開発の先にある未来
現在、燃料とエンジンの革新が進行中ですが、これに車両の運動性能と社会システム化のイノベーションが加わり、新しい自動車社会が生まれようとしています。自動車の進化はレーダーで前方を感知して衝突を防ぐプリクラッシュセーフティシステムや、走行レーンを自ら維持するレーンキーピングアシストをはじめ、最適な走行に制御するためのVSC(Vehicle Stability Control)、ACC(Adaptive Cruise Control)、通信とIT、レーダーを利用したC-ACC(Cooperative-ACC)といったシステム、更にはドライバーの運転を支援する自動運転技術の実用化もすぐ近くまで来ています。これは初心者でも、ベテランドライバーと同じように安全・快適に走れる技術です。悲惨な交通事故死ゼロを目指し、高齢者の移動をサポートする優しい自動車社会を実現するでしょう。また、この技術は渋滞の解消にも効果を発揮します。昔は高速道路の渋滞の36%は料金所で起きていましたが、ETCの普及によってこれがほぼ解決し、現在、渋滞の多くはサグ(下り坂から上り坂に差し掛かる凹部)やトンネルで発生しています。これを解決するために、ITSで車に情報を知らせたり、C-ACCで車間距離を調整していくことなどが研究されています。
このように個々の車が情報を共有しシステム化される社会では、逆に車側が生み出す情報の集積によって作られるビッグデータの活用を通して、社会の実態を解明することも可能になります。例えば、より細かな渋滞予測はもちろん、CO2の発生量や、そのCO2の増減にあなたの運転がどう関わったのかなども分かるようになるのです。今までは、人と機械の間の関係(HMI=Human Machine Interface)だったのが、人と社会の間の関係(HIS=Human Society Interface)が分かる時代に向かっているのです。これは言い換えると、自分自身の行動によって社会に直接貢献できる、そのような世界が実現する可能性が見えてきました。かつて、古代ギリシヤは直接民主主義、つまり、現在のように市民が政治家を選んでいる間接民主主義とは異なり、国民が直接政策決定に参加する制度をとっていました。私たちは、今、人類が古代にしか成し得なかった、市民が直接参加できる社会の入口に立っている。この歴史的意義は大変大きなものではないでしょうか。
創業者の豊田喜一郎は、こう語りました。「模倣の為に、或は単に生活の為に、吾々の事業をして居るのではない。吾々の文明を吾々自らが開拓する所に吾々の生命の活路があり、前途の希望が生じ従って人生の快味を感じ、又人間としての生甲斐を感ずるのである」。この言葉を、皆さんにもお伝えしたいと思います。
構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦(エコロジーオンライン)