髙橋 巧一氏 (株)日本フードエコロジーセンター 代表取締役(獣医師)
豊かな生活と環境の共生
食品ロスに新たな価値を
講座概要
食品ロス問題解決の先駆けとして、産学官連携で開発したリキッド発酵飼料をもとに飼料製造業と廃棄物処理業の2つの側面を持つ新たなビジネスモデルを構築し、さらに多くのステークホルダーと協働することで、数多くの「リサイクルループ」を実現した日本フードエコロジーセンター(J.FEC)の取り組みの紹介です。
講座ダイジェスト
食品リサイクルとビジネスの融合
日本では年間約8000万tの食品が国内市場に出回り、そのうちの約2000万tが廃棄物として捨てられています。全国の自治体のごみ処理事業経費は年間約2兆円で、焼却炉で燃やされる廃棄物のうち4〜5割は食品のため、私たちは年間約8000億以上の税金を費やして食品を燃やしていることになります。食料自給率の低い日本が、これだけの税金を使って食品を燃やしているということを自覚している人は、どのくらいいるでしょうか。
日本では2001年に「食品リサイクル法(食品循環資源の再生利用等の促進に関する法律)」が施行されていますが、この法律の存在を知る人は多くありません。日本の食品リサイクルは、食品廃棄物の中でも『食品ロス』と呼ばれる、食べられる状態のまま余儀なく廃棄されてしまう食品を使い、主に飼料化・堆肥化・エネルギー化の3つの方法によって進められてきました。しかし、そのどれもが専門性の高さや安全性の確保の難しさ、採算性などの課題を抱えており、日本の食品リサイクルはなかなか進んでいないのが現状です。
こうした背景から、我々は食品リサイクルをビジネスとして成立させることが重要だと考えました。日本フードエコロジーセンター(以下、J.FEC)のビジネスモデルは、食品関連事業者から食品廃棄物を回収する時と、飼料化した餌を養豚農家へ販売する時、双方から収益を得ることができ、その構造が安定的な雇用の確保に繋がっています。さらに、J.FECと契約している食品関連会社は、環境問題に取り組みながら食品の焼却処理費用より低い価格で食品廃棄物を飼料化でき、養豚農家さんも高騰が続く輸入穀物より、安い価格で飼料を買い入れることが出来る仕組みです。『食品ロス』を削減するために、まず持続可能なビジネスモデルを構築する。これは、SDGsの目標達成を目指す上でも、大切な考え方だと思います。
循環を生む工場の仕組み
我々の工場(J.FEC)は、神奈川県相模市に位置しています。1日約49tの食品廃棄物を受け入れられる処理能力に対し、現状、平均して1日約35tの食品循環資源を回収し飼料化しています。工場が持っている特徴は大きく分けて3つ。1つ目はバーコードによる食品循環資源の管理・数値化を行っている点です。これは、その日に入ってきた食品のタンパク量やカロリーを計算する目的の他に、トレーサビリティと言って万が一問題が起きた場合に、その原因を追求出来るようにする役割があります。また、計上したデータを各食品関連会社に公開することで、彼らはどの曜日に何の廃棄物が多いのか自分たちの傾向を把握でき、食品廃棄物の発生抑制にも繋がっています。
2つ目の特徴は、液体状の飼料化を行っている点です。今まで食品リサイクルによって生まれた飼料は、腐敗を防ぐために乾燥化させることが一般的でした。しかし、飼料を乾燥させるためには化石燃料を使用しなくてはなりません。そこで、我々は農林水産省と専門研究機関と組み液体状の飼料開発技術を研究しました。鍵となったのは、日本に古来からある発酵の技術。液体状の飼料化を成功させたことによって、膨大なエネルギーコストを削減させただけでなく、牛乳やヨーグルトといった液体状の廃棄物も飼料化することが可能になりました。この技術の普及により、20年前はゼロに近かった液体状の飼料が、今では国内に約920万頭いる豚のうち、約100万頭に対して使用されるようになりました。
3つ目の特徴は、循環の仕組み作りです。例えば、J.FECで作られた飼料を食べている豚を、食品廃棄物をいただいている食品関連会社の方に買っていただき、さらにそれを丁寧にブランディングすることで、消費者に訴求するような新しい商品の開発を行っています。これより、食品リサイクルによって生まれた豚肉はスーパーや百貨店などに置かれ、消費者の手に渡るだけでなく、食品関連会社にとってもリピーターのお客さんを作る機会になります。その他にも、J.FECと就労支援会社が契約することで障害のある方の雇用を創出したり、J.FECで生み出された技術や構造その全てを公開することで、社会全体で環境を良くしていく仕組みを広げています。
まず消費者から、意識の変革を
私は『食品ロス』を通してSDGsに取り組んでいく中で、持続可能な社会を作っていくためには農業の問題、健康の問題、経済成長の問題、パートナーシップの問題など同時進行で取り組んでこそ成果がついてくるものだと実感しました。そのためにも、国内外で丁寧に情報発信を行うことは、問題の理解に繋がる一歩だと思います。そして、これはSDGsの根幹にも関わる部分だと思いますが、事業に関わる全てのステークホルダーに対して、少しずつ利益を得られる仕組みを作れるかどうかが、持続可能な社会を目指していく上でとても大切なことだと思います。日本には『三方よし』という言葉があるように、誰かが無理をするのではなく全体でWin-Winの関係を作ることが、持続可能な社会の実現に繋がっていくはずです。
最後に、『食品ロス』に関わる消費者の方の目線についてお話しします。まず、食品の綺麗な色や形は、美味しさや安全性とイコールではありません。流通の仕組みを知り、食品がどのようにして生まれているのかを勉強した上で判断することが必要です。日本は食べ物がすぐに手に入る環境であるがゆえに、背景にある環境や文化を考える機会が減っているのではないでしょうか。意識を変えていくには、自分だけでなく家族や子供に対しても正しい情報を発信していかなくてはいけません。ひとりひとりの行動が世の中を良い方向にも悪い方向にも変えていきます。まずは、自分たちの行動で、スーパーの品揃えは変わるということを意識して買い物をしてみてください。
構成・文:伊藤彩乃(株式会社Fukairi)/写真:廣瀬真也(spread)