市民のための環境公開講座は、市民の皆様と共に環境問題やSDGsを理解し、それぞれの立場で具体的に行動することを目指します。31年目を迎える本年は持続可能な社会を実現するためにダイナミックな変化が求められている中、さまざまな切り口から新しい“ゆたかな”暮らしを考えていきます。
オンライン講座 無 料

海の生物資源量は過去40年間のうちに半減したというデータもあり、海の資源保全の重要性が近年増しています。次世代に豊かな海を残す方法の一つとして、世界中で注目されているのが、育てる漁業である「養殖業」です。養殖業にAIやIoTといったテクノロジーを活用してよりサステナブルなシーフードを生育することで、養殖業の発展と安定的な食糧供給ができる社会を目指すウミトロンの取り組みをご紹介します。

講座ダイジェスト

タンパク質の安定供給とサステナビリティに寄与する水産養殖

ウミトロンが水産養殖に取り組む理由の一つが、タンパク質の需要に応えることです。健康ブームの高まりにより、世界でタンパク質中心の食生活にしていこうと言われていますが、人口が伸び続けるとタンパク質の需要が増えます。この需要にどう応えていくかが、世界全体で食糧問題の課題になっています。

魚以外の動物性プロテインは、数千年も前から人の手で育てられてきました。しかし、魚は海上で育てる難しさから漁獲中心でした。人が育てる動物性プロテイン産業のうち、最も成長しているのが水産養殖です。

水産養殖に取り組む二つ目の理由は、タンパク質の需要増加に対して、よりサステナブルに応えていく上で、水産養殖には非常に可能性があると感じていることです。この40年間で魚の量が半減している最も大きな要因は、乱獲などの魚の捕りすぎと言われています。そのため世界でシーフードも人が育てていくべきと叫ばれています。また、水産養殖は畜産業と比較すると1kgの増肉を得るために比較的少ない餌で育てられ、生産効率としてもサステナビリティに寄与すると言われています。カーボンフットプリントの観点で見ても、畜産業よりも低い水準になっています。

陸地で生産するタンパク質を、これ以上増やしていくのは非常に困難ですが、地球の70%を占める海で魚を育てる面積を広げる余地は大いにあり、現在消費されている水産物の100倍を生産できるという試算があります。そこで水産養殖が未来のプロテイン源のひとつと信じている私たちは、主にIoT、衛星データ、AIといった技術を活用することで、持続可能な水産養殖を地球に実装することを目指しています。

水産養殖の未来をつくるウミトロンのテクノロジー

私たちはテクノロジーによって、水産養殖業の事業コスト削減、リスク低減、売上向上に貢献しようとしています。水産養殖コストは餌代が5~7割を占めますが、今までは魚が食べる餌の量や、無駄になって海に沈む量が確認できておらず、経済的なデメリットになっていました。また、沈んだ餌が水質変化のトリガーになる恐れがあります。リスク低減については異常気象などが魚に影響を与えるため、環境情報を見える化することが非常に重要と考えています。また、稚魚のときから出荷するときまで、魚がどういうものを食べてきたかを把握することも大切です。

このような課題を解決するため、ウミトロンは水中で起こっていることをデータ化し、情報を可視化することに取り組んでいます。データの積み上げによって、生産者がPDCAサイクルを回していけるようになると、収益化のモデルが予見可能になります。また、漁師の勘などでやっていたようなことが、データによって予見可能になれば、投資家や銀行が生産者に対して資金提供できるようになります。資金があれば技術投資が進み、よりたくさんのデータを得られ、よりサステナブルになり、より収益化ができていきます。こういったポジティブなサイクルを回していけると考えています。

具体的には、AIを搭載した小型の自動給餌器で魚の食欲を解析したり、残った餌を検知したりして無駄な餌を増やさないようにすることに活用されています。また、衛星データやモデルによって得られる水温、溶存酸素、クロロフィル、塩分、波高、風、海流などの情報を生産者に提供することで、環境が与える魚へのリスクによりよい対策が取れるようにしています。

こういった技術を導入することによって、生産者にとっては労働負担が減り、人にも環境にも優しいシーフードを育てられます。一方で私たちはバリューチェーン全体をサポートすることで、より水産業に貢献していきたいと考え、消費者への認知活動など、消費者の行動の輪を広げる活動も始めています。このような取り組みを通して、水産養殖自体の持続可能性を高めながら、海の生物多様性を守り、次の世代の子どもたちに引き継いでいくことを目指しています。

未来の海を考える「シーフードアクション」

よりサステナブルな水産養殖を実現するには、消費者の側面、環境的側面、社会的側面、経済的側面の課題を解決していくことが必要だと考えています。消費者の側面では、消費者にとってより持続可能な食糧供給とは何かを考えると、トレーサビリティー管理による食の安全性、安定供給、育て方や餌にこだわったおいしさの追究などが大事です。

環境的側面では、原料の資源管理が最も重要です。餌の原料にトレーサブルに資源管理されている魚粉・魚油や、パーム油・大豆などを使う、新しい代替タンパク原料の利用を促進するなどが必要です。資源管理には、海からの稚魚収穫を資源管理のもと制限し、種苗生産場で孵化させた稚魚の活用促進も重要です。それ以外の環境的側面としては、無駄餌を減らすなどの水質への影響管理、船の燃料削減など、省エネルギー、脱炭素に向けた取り組みも大切です。

社会的側面では、労働者の適正な労働環境と賃金、安全対策を提供できるかが大切です。また、小規模の生産者が適切な取引、適正なコストで持続可能性に貢献できる体制にしていく必要もあります。海外の認証制度などは、多くの側面をカバーしている一方で、監査負担が小規模生産者にとって耐えられるレベルの費用・労働負荷でない場合もあり、社会的側面においてはまだ課題はあるとも言えます。さらに水産養殖が地域社会に与える影響を正しく理解し、地域に還元できる活動をすることも大事です。

経済的側面では、長期的な経済的持続可能性を担保できる収益モデルを確立することが課題です。上記三つの側面を達成するためには、生産者に非常に大きな努力が求められます。一方で努力して育てた魚が売れるまで、生産者は1円も売り上げを計上できない現実があります。消費側が生産者の取り組みを評価して対価を支払うことで、生産者の活動を持続可能にしていくことが大事です。また、継続的に、水産業に対して技術投資しなければ、それぞれの課題の根本解決に繋がりません。研究開発を継続する仕組みづくりも大事です。

このように、現場と向き合っていると、サステナブルな水産養殖を実現するための課題は多面的で、あらゆる観点で考えることが重要と痛感します。私たちとしては未来の海を考えていく「シーフードアクション」として、消費者も含んだ水産に関わるすべての人が協力して、よりよい水産業をつくり、未来に豊かな海を残していけるような活動の輪を広げています。

私たちはテクノロジーと、最終消費者である皆さんの力が、サステナブルな水産養殖を実現する鍵になると信じています。ぜひこれから「シーフードアクション」に積極的に参加していただき、一緒に美しい豊かな海を次世代に継承することに取り組みしょう。

ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します。

質問1水産養殖にテクノロジーを導入する際、現場の漁師や生産者の方からの理解を得るために工夫したことなどを教えてください。

回答1魚(生き物)を育てているみなさんは非常に優しく、とても暖かく迎え入れてくれます。一方でわれわれはAIや衛星データといった技術を押し売りするのではなく、あくまで現場と向き合い、現場の課題を抽出することが大事と考えています。彼らの日々のオペレーションを理解して課題に共感し、何の課題を解決できるか説明することを心掛けています。

質問2販売や流通、消費、廃棄といったところにも、今後技術を活用していくのでしょうか?

回答2小売業界ではPOSデータにより、消費に関する予測の精度を上げてきています。それに対して水産養殖のいいところは、生産量を計画できることです。消費がモデル化されていくのであれば、それに合わせた計画的な出荷が可能になると思っています。

質問3陸のダメージにならないサステナブルな餌の生産で、どのような原料を作っていきたいですか?

回答3現時点でどれか一つの方向性に決めることはリスクが高いと思っています。1種類だけに決めうちをせずに、代替になりうる原料に投資をしていくことが重要だと思っています。特に注目しているものの一つが昆虫です。人間が出す廃棄物を使って生成でき、かつタンパク源で、畜産物や水産物の餌になります。また、最もカーボンフットプリントが低く効率的と言われているのが、海藻類から餌をつくることです。量産性の観点と、サステナビリティの面などから、この二つに期待しています。

質問4これから取り組んでいきたい課題を教えてください。

回答4これまでシーフード向けに開発してきた海へのリモートセンシング、画像解析の技術を使って、サンゴや海藻といったブルーカーボン生態系を増やすことに貢献することです。衛星データを活用してブルーカーボンの生態系がある場所を特定し、ポテンシャルマッピングを作る取り組みを試験的に開始しました。海の植樹を促すための技術支援に取り組みは、脱炭素に向けても重要ですが、同時に生物多様性にとっても重要です。海の森を守ることによって小魚が生まれ、それを捕食する魚も増え、生物多様性が豊かになっていくのです。