講座ダイジェスト
ネイチャーポジティブな取り組み「ふゆみずたんぼ」との出会い
株式会社アレフの主要事業は、ハンバーグレストラン「びっくりドンキー」の運営です。
昨年12月に開催された、生物多様性条約締約国会議(COP15)で提言された2030年ミッションは、自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を防ぐための緊急の行動をとるというものでした。これを一言で示すのが「ネイチャーポジティブ」です。このような中で企業には今後、事業活動そのものにネイチャーポジティブな取り組みが求められるのは必然です。
このような流れは決してここ数年で出てきたものではありません。私たちがお米の仕入れに生物多様性への配慮を取り込むべきと考えた2005年当時は「ワイズユース」という言葉が使われていました。日本語だと「賢明な利用」と訳され、健全な湿地から得られる恵みを、生態系に配慮して持続可能な形で利用することと定義されています。
2005年に宮城県の蕪栗沼および周辺水田がラムサール条約で定める保護地に認定されました。農業と生物多様性の保全を積極的に結び付けようとした、世界的にも先駆的な事例であり、その象徴として「ふゆみずたんぼ」と言われる水田の形態がありました。蕪栗沼に密集するマガンという渡り鳥を分散させるため、冬の田んぼに水を張り、水場として活用する活動です。その後は冬に限らず田んぼに水を入れたり、田んぼの一部に溝や深みをつけたりして、一部分でも水をなくさないようにすることで、田んぼ内の生物多様性が向上することがわかり、この取り組みは全国に広がりました。コウノトリやトキの自然復帰にも大きく貢献しています。
私どもにとってふゆみずたんぼが衝撃的だったのは、農業と環境、さらに生物が対立関係ではなく共存共栄関係になり、そこには新たな学びやレジャーといった可能性も広がるということでした。ふゆみずたんぼは、私どもにとってワイズユースな農業のあり方に目を向ける大きなきっかけになりました。
契約農家とともにつくる独自基準の省農薬米
私どもは「食は人を良くする」という言葉を大切にしてきました。「食」を「人」と「良」に分解して読み替えた言葉です。そして食の安全性から食材へ、食材の安全性から生産現場の農業畜産へ、農業を取り巻く自然や環境へと視野を広げてきました。現在では生産現場で生物多様性の向上にも取り組んでいます。
びっくりドンキーでは、全店舗で年間約9万俵、5400t以上のお米を使用しています。安全で品質の高いお米を確実に調達し続けるため、1990年代より米の契約栽培に取り組み、2006年にはフランチャイズを含む全店舗のお米を、独自基準の「省農薬米」に切り替えました。
安全で高品質なお米で多くの方が思い浮かべる有機栽培は、雑草や害虫への対処が大変で生産者の負担が増える、有機質の肥料は取り扱いが難しく栽培中にトラブルが起きやすい、失敗のリスクが高く、収穫量や品質が安定しないといった問題点があります。そこでびっくりドンキーは、大幅な労働力の増加を必要とせずに、最大限に農薬と化学肥料を減らした持続的で安定したお米づくりの方法を、生産者と何度も話し合いました。そして殺虫剤を使用せず、農薬の使用は除草剤1回だけといった省農薬米の独自基準にたどり着きました。
省農薬米には三つのこだわりがあります。一つ目は安全性、二つ目は品質、三つ目は原産地証明です。使用するお米はすべて契約栽培で、それぞれの土地や気候風土に合った品種と方法で栽培されています。現在では法律で義務づけられているお米のトレーサビリティも、契約栽培を開始した1990年代から徹底しており、万が一店舗で提供するお米に不備があったとしても、生産者を特定して原因究明することが可能です。
2010年からはお米の生産者協議会を年に1回開催し、各生産団体が栽培技術や生き物に配慮した取り組みを共有する場になっています。産地を選定し、生産者と契約を結ぶ際には原産地保証、品質・安全性へのこだわりに賛同し、環境と生物多様性への配慮にも意欲があること、また、高い農業技術への前向きな研究姿勢があり、栽培において適切な管理と記録ができることを求めています。高いハードルですが、手塩にかけたお米を誰が食べているのかがわかり、契約した分は買い上げが保証され経営が安定するということで、生産者は意欲的に取り組んでくれています。
米の生産現場における生物多様性向上への取り組み
びっくりドンキーの米づくりで特徴的なのが、生物多様性に配慮している点です。2009年に一部の生産団体を対象に、田んぼの生きもの調査を開始しました。2016年には直営店が使用するお米の全生産者に、年に1回以上自分の田んぼの生き物調査を行うことと、田んぼを特徴づける「シンボル生きもの」を決めることをお願いしました。2018年からは、フランチャイズ店が使用する省農薬米産地にも、生き物調査の指導に行くようになりました。現在はびっくりドンキーに出荷するすべての生産者が年に1回、自身の田んぼの生きもの調査を実施する状況を目指しています。
私たちが田んぼの生物多様性に配慮するのには理由があります。日本の田んぼには、菌類や植物も含めて6,000種を超える生き物がいるとされています。しかし、現在の田んぼは農薬使用や乾田化、用排水分離、コンクリート排水などの農作業の効率化によって、生き物が急激に減少しています。田んぼで生息する小さな生き物が激減してしまうと、彼らを餌にしている大型の生き物の数も減っていきます。
こういった危機を減らし、生き物の豊かさを取り戻すために、びっくりドンキーの生産者には、生きもの調査以外にも生物多様性に配慮した活動を推奨しており、年に一度生産団体ごとの成果報告をお願いしています。生物多様性に配慮した取り組みとは、中干の延期やふゆみずたんぼの実施などの水田内の取り組みと、魚道の設置などの水田周辺の水場の取り組みがあり、生きもの調査を通じて地域の環境に応じた、無理のない活動に取り組んでいただいています。水路脇の意図的な草の刈り残しによるコンクリート排水からの天然の生きものの脱出場所の確保など、生産者の気づきから生まれた取り組みも広がっています。
省農薬米を栽培し、生物多様性に配慮した取り組みを行うことで、本来水田にいるカエルやトンボ、クモなどの肉食の生き物や益虫が育まれ、結果として害虫が抑制されていると思います。また、生き物にとって優しい方法で育てられた農産物は、消費者に安全・安心といった印象を与えているようです。
びっくりドンキーの省農薬米は、農業の持続性と生物の持続性を共存させ、高品質で安全かつ生物多様性に配慮したお米です。安定的に調達・提供し続けることで、生産者の皆さん・お客様ともに満足していただきたいと思っています。私どもの取り組みはまだ発展途上ですが、省農薬米のような仕入れの仕組みが日本のスタンダードになっていくことを望んでいます。
ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します。
質問1契約農家はどのようなメリットを感じて、省農薬米づくりに参加し続けているのでしょうか?
回答1誰が食べているのかわかること、契約のため買い付けが保証されており経営が安定することが大きいです。もともと意識の高い人たちが多いので、生産者協議会で1年に1回、生産者同士が活動を共有するとともに、意見交換も行い、技術だけではなく、生き物に配慮した取り組みの情報交換等が当たり前な雰囲気づくりができたことも、契約農家に評価されているのだと思います。
質問2生き物調査を生産者自身が継続するモチベーションは、どこにありますか?
回答2面白いことが大事だと思っています。私たちの推奨しているのはモニタリング調査ではなく、生産者自身の田んぼにはこんな生き物がいるのだということを知るコミュニケーションツール的な方法なので、実際に取り組んでいる生産者さんからは「面白いから孫と一緒にやろうかな」といった声も聞かれます。
質問3シンボル生き物の具体例を教えてください。
回答3トンボやカエルが多いです。特にアキアカネ、いわゆる赤とんぼを挙げる方が多いです。赤とんぼは田んぼに水が入る春に卵から孵化し、夏にトンボになった後はいったん山などに行き、秋になるとまた田んぼに戻って、水たまりのようなところに卵を産み付けます。その卵が乾いた田んぼで冬を越すという1年をたどります。シンボル生き物にアキアカネを挙げる生産者の方は、ヤゴがトンボになるのを待つために中干しを延期または中干ししない方が多いです。そういう気付きがあっていいですよね。
質問4炊いてから90分以上たったお米は、提供しないそうですが、そのお米はどうしているのですか?
回答4残念ながら廃棄しています。できるだけ食品ロスを出さないよう、状況に応じて4キロ・2キロ・1キロを選んでこまめに炊いています。廃棄する際はそのまま捨てるわけではなく、お店にある生ごみ処理機で一時処理または生ごみの状態で回収して堆肥などにリサイクルしています。ビル内にあって生ごみ回収ができない一部の店舗などを除き、直営店から出る生ごみはほぼ100%リサイクルしています。
質問5お米以外の食材ではどんな工夫がされていますか?
回答5ハンバーグに使用しているビーフは、ニュージーランドとオーストラリアのタスマニア島の契約生産者から調達しています。牛本来の姿を大切にし、放牧による牧草を主体とした飼育方法です。人工的に成長を促進させるホルモン剤の使用を禁止するなど、ストレスが少なく健康でいられるよう生育環境を整えていただいています。