講座ダイジェスト
国立公園の特徴と歴史
多様で美しい日本の風景を守りながら楽しむ仕組みが国立公園です。現在、全国で34の国立公園があります。そこには圧倒的に美しい自然があります。日本を代表する自然風景を保護し、将来に引き継ぐ役割を担っています。同時に、そこに生きる動物や植物を守り、生物多様性を確保するという役割も担っています。
また、国立公園は最高の自然体験フィールドであり、いろいろな楽しみ方ができます。環境省では、国立公園の自然を楽しんでいただくため、地方自治体と一緒に登山道やキャンプ場、展望台、駐車場、トイレ、ビジターセンター、標識などの整備に取り組んでいます。
このように優れた自然風景地の「保護と利用」が、国立公園の大きな役割です。「保護」と「利用」は対立的に見られがちですが、優れた自然環境や、そこで育まれてきた地域社会文化を保護することではじめて、訪れた人が感動を得ることができいった具合に、保護をベースに利用が成り立っているという考え方のもとで私たちは取り組みを進めています。
国立公園の制度は1872年にアメリカで誕生し、その後世界中に波及しました。日本もアメリカの国立公園の仕組みにならっています。日本の指定要件は、わが国の風景を代表するとともに、世界にも誇れる自然の大風景地となっています。一方で、アメリカの国立公園は連邦の所有地ですが、日本では土地の所有に関わらず、民有地や都道府県有地といった場所を指定し、規制をかけることで保護する仕組みになっています。この仕組みだと土地を取得する必要がなく、広大な地域の保全が可能になるというメリットがあります。その一方で、それぞれ土地に所有者がいて、地域の暮らしがあるので、地域社会や私権への配慮が必要です。そこで自然や地域の利用状況に応じてゾーニングし、規制に強弱をつけています。
日本の国立公園制度が誕生したのは1931年です。当時は金融恐慌による不況を打開するため、国際観光への期待が高まっていました。そこで日本の優れた風景を利用して外客を誘致しようとしたことが、国立公園が誕生した理由の一つになっています。そのため経済政策を見据えながら、保護しつつレクリエーション利用する仕組みが採択されたのです。
1931年~1932年にかけての国立公園選定委員会で、日本で最初の国立公園として12カ所選定されました。雄大な地形を持つ風景が評価されたほか、神社仏閣、遺跡、天然記念物なども文化的要素も評価されたことが記録に残っています。このような点も日本の国立公園の魅力と考えています。日本で最初の国立公園が指定されてから、来年で90年を迎えますので、あらためて国立公園を皆さんに知ってもらい、新しい国立公園のあり方も考えてほしいと思います。
保護と利用の好循環を目指す「国立公園満喫プロジェクト」
現在、環境省で取り組んでいる「国立公園満喫プロジェクト」を紹介します。
コロナ禍になる前は、インバウンドの観光客が順調に増えていましたが、なかなか地方にインバウンド客が訪れないという課題がありました。そこで、観光客を地方に呼び込むための地域の魅力として注目されたのが「自然」と「文化」でした。その自然の中心となる場所として国立公園が採り上げられ、このプロジェクトが始まりました。
とはいえ、訪れる人が多くなりすぎて自然や社会に負の影響が出る、いわゆるオーバーツーリズムになると困るので、最大の魅力である自然そのものに影響を及ぼさない範囲で利用してもらうと同時に、得られる経済的な効果を保護に再投資するような仕組み、つまり「保護と利用の好循環」を目標に取り組んでいます。
具体的には、ガイドの案内によって自然の中でアクティビティを体験するような、自然を満喫できるような上質なツーリズムが実現し、滞在時間が増やして経済効果も高めるとともに、協力金などによって地域の宝である自然を守っていける仕組みづくりに取り組んでいます。
自然風景に秘められた物語を紡いでいく
私たちが見る風景には、地球の営みによって形作られた地形の上に、動植物の営みによる生態系がつくられ、そこに人が関わって暮らすことで歴史を積み重ねてきたというストーリーがあります。国立公園には多様な自然風景と、生活文化や歴史が凝縮された物語があります。環境省では、国立公園はその物語を知ることができ、忘れられない唯一無二の感動や体験ができる場所と位置づけ、「その自然には、物語がある」というブランドメッセージを掲げて、国内外にプロモーションしています。今後は国立公園ごとの物語、ストーリーをしっかり紡いでいくことが重要と考えています。
最近では、欧米を中心に自然や文化を体験するアドベンチャートラベルに注目が集まっています。参加者は他にはないユニークさや、新たなチャレンジ、健康、環境へのローインパクト、トランスフォーメーション(変革)などを期待して、この旅に参加します。この「トランスフォーメーション」は、SDGsのキーとなるメッセージになっています。持続可能な世界のためには社会経済を変革することが必要とされていますが、そのためには私たち一人ひとりが変革することが必要です。私は国立公園で感動や学びを得られれば、自分が変わっていくきっかけになるのと考えています。そのためにも物語をきちんと伝え、一人トランスフォーメーションを促せる国立公園にしていきたいと考えています。
上質なツーリズムに向けての取り組み
上質なツーリズムを進めていくために必要な要素を5つ掲げています。物語、それを体験的に学んでもらうためのインタープリテーション、自然を損なわないルールや、利用の中で生まれた利益が保護につながるような仕組みづくり、自然を楽しむ体験コンテンツ、そして、それらを組み合わせて物語が理解できるツアー化です。一方で自然の中に入っていくにはそれなりの知識や経験が必要なため、リスクを伴うことを明確に打ち出すことも大切と考えています。
今年の6月に国立公園が来訪者や地域に約束する「ブランドプロミス」を公表しました。感動的な自然風景を守ること、国立公園が持続可能な世界のモデルとして共感が得られる取り組みを行っていくこと、自然と人々の物語を知れるアクティビティを提供すること、感動体験を支える施設やサービスを充実させていくこと、を約束しました。
このように、国立公園をより魅力的な場所にしようと頑張っているところですので、皆さんもぜひ応援してください。また、予約制や協力金などの「保護と利用の好循環」の仕組みにも協力していただきたいと思っています。そして国立公園には、その土地の物語などのワクワクドキドキする体験が待っているので、ぜひ国立公園に出掛けてみてください。
ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します。
質問1国立公園として、どのような生物多様性の保全対策に取り組んでいますか?
回答国立公園の生物多様性を維持していくために、しっかりと開発を抑制して保護することに取り組んでいます。また、里地里山のように人の営みが生物多様性の豊かさにつながってきたため、人の営みをしっかりサポートしていくことも重視しています。加えて鹿が増えすぎて高山植物が荒らされるといった課題もあるので、柵の設置や個体数の管理などを通じて、生物多様性の確保にも取り組んでいます。
質問2昔からある伝統知と、近年の科学的エビデンスとの間で、どのようにバランスを取りながら保全戦略を考えているのでしょうか?
回答近代的な資源管理では、科学的データに基づいてエビデンスを集め、モニタリングしながら取り組みを進めています。一方で伝統知の中には、地域で維持されてきた生物や景観を残していくヒントがあると思っています。そのため聞き書きなどによって、地域の方々に昔の自然との付き合い方を教えてもらう取り組みを行っています。その中から風景がある理由を解き明かしたり、どうやって未来につなげていくかを考えたりすることにも取り組んでいきたいと考えています。
質問3オーバーツーリズムにならないための工夫は?
回答数ではなくて質を大切にすることを目標に掲げています。予約制で人数を制限したり、ガイド同伴を義務づけている場所もあります。また、海外向けの日本の国立公園の魅力を伝えるホームページでは、各国立公園の物語や、レンジャーへのインタビューなどの情報発信を通じて、本当に関心のある人に訪れてもらい、より深い体験をしてもらうことなどを目指しています。
質問4感動と学びをより多くの方に味わっていただくため、高齢者や障がい者の利用に対しては、どのような対策を採っていますか?
回答自然の中のすべての場所に誰でも行けるようにするのは困難ですが、主要な利用拠点では、誰にでも楽しんでいただけるようユニバーサルデザインを取り入れています。施設の整備にあたってガイドラインを作成するとともに、例えば車いすの方などに現場に指摘をいただく研修会などを開催するなどしています。