講座ダイジェスト
国際的に注目される気候変動と水問題
毎年開催される「世界経済フォーラム」では、その年の経済に大きな影響を与えるものを示した「グローバルリスクレポート」を発行しています。2019年のレポートでは、起こりやすさや影響の大きさで、風水害や水危機などを含む極端現象、自然災害、気候変動など、水に関係することがランキングの上位に並びました。2023年の最新のレポートでも、水を含む自然災害や気候変動のリスクが非常に大きいことが、世界中で認識されています。
「IPCCレポート」で示されたリスク
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が6~7年に一度発行するIPCCレポート内では、1950年の産業革命以降、世界の平均気温が何℃上がったのかということや、2100年までの温度上昇予測を示しています。この予測は「世界中がCO2の排出をあまり止められず、CO2の濃度が上がっていったらこうなる」というシナリオに基づいたものです。
英語ではシナリオをProjection=見通しという言い方をしています。いくつか用意したシナリオは、各国政府が対策を考える際に活用されています。
温度上昇の予測が一番低いシナリオでも、平均気温が1.5~2℃以上上がりそうなことや、最悪のシナリオでは4℃上がってしまうことが示されています。また、将来的な地球温暖化リスクとして、熱ストレス(熱波の暴露)、水不足、食料の生産落ち込み、洪水リスクなどが考えられています。
重要性を増す水についての気候変動対策
最初のレポート発行から20年以上たつなか、さまざまな知見が蓄積され、継続的な観測データもそろってきました。そのためレポート内では「過去に温暖化の影響が現れているのではないか」ということも調べられています。例えば日本を含む東南アジアのように、干ばつも大雨も増えている地域があります。雨の降り方が極端になる地域があるということを意味するもので、今後は水に対する気候変動対策が非常に重要であることが分かります。
今後、河川の洪水は、多くの地域で増加するといわれており、平均気温が2℃上がると現在の1.2倍、4℃上がると4倍の人々が洪水の影響を受けることや、その影響を最も受けるのはアフリカやアジアといった人口の多い国々であることなどが指摘されています。
洪水時の人々への影響は、きちんと対策が行われているか、対策ができる経済力があるかどうかといった他の要因も関係します。また、将来に向けて対策を採っているかどうかで、影響は数倍以上変わるといわれています。
気候変動への対策とSDGs達成の両立
気候変動対策には、温室効果ガスを削減して影響を抑える「緩和策」と、どうしても増えてしまう将来的な悪影響を、対策によってできるだけ減らす「適応策」の両方が重要といわれています。また、レポートでは生物多様性の強化や、SDGsの達成も重要と書かれています。一方で今後に向けて「気候変動に強い開発CRD(Climate Resilient Development)」をどう進めるのかという議論が世界中で進められています。
SDGsでは水も非常に重要なターゲットとなっており、IPCCが2018年に発行した「1.5℃特別報告書」でも、SDGsと気候変動との関係を評価しています。例えば気候変動対策を進めると、SDGsで掲げられている水関係の目標(貧困、食料、健康、安全な水とトイレ)では、トレードオフ(負の影響)もシナジー(正の影響)も大きいことなどが指摘されています。
過去の洪水と温暖化の関係
「過去に洪水が増加したのか?それは人間活動に伴う温暖化によるものなのか?」ということに関しては、途上国を中心に長期間の観測データが不足していることが大きな科学的課題になっています。しかし、最近は衛星観測データを使った研究が進められており、インドシナ半島や北東アジアでの洪水増減傾向を検出することに成功しています。この研究では、分析した場所の3割で洪水指標が増加し、4割で減少している傾向を検出しました。
一方で過去の変化が気候変化によるものなのかを調べる方法に「イベントアトリビューション」という手法があります。気候モデル(大気の流れを解く方程式をスーパーコンピューターで計算したもの)を使って実験するものです。これにより過去に起こった52の大きな洪水のうち20の洪水では、温暖化が発生確率の増減に影響したことが判明しています。また、近年になればなるほど、温暖化の影響によって洪水の発生確率が増えていることも分かっています。
気温上昇を想定して対策を練る時代
日本を含むアジアでは大雨が増えつつあり、将来も大雨や洪水が増えると予測されていて、実際に毎年のように大雨の被害が報告されています。気象庁による温暖化実験でも、2℃、4℃と気温が上昇すると、今までになかったような大雨が降る可能性があると予測されています。
こうしたなかで日本の治水対策は、過去の観測や災害などを基準にしてきましたが、近年国土交通省は、気温2℃上昇を想定した対策に乗り出しました。温暖化による河川洪水の将来予測を国土計画に使うようになったことは、非常に重要な意味があります。
対策も変わってきました。例えば東京都は河川整備や下水道整備計画の基準となる目標を、従来の50㎜/h降雨を、区部では75㎜/h降雨に引き上げ、さまざまな対策を進めていく方針です。今後は日本全国で、こういった対策が広がっていくと考えられます。
今日は分かりにくいお話もしましたが、皆さんは今日の情報を持ち帰り、社会に対して何ができるか、考えるきっかけにしていただきたいと思っています。
ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します。
質問1極端な気象現象のメカニズムは、どのくらい解明されているのでしょうか?
回答温暖化により大気や海の温度が上がることで、空気中の水蒸気量が増え、降ってくる雨の量も増えるというように、説明できるものもありますが、まだまだ分からないこともあります。不確実性も大きいことなので、研究が徐々に進んでいるところです。
質問2人間以外の生物にとって、気候変動がメリットになることはあるのでしょうか?
回答IPCCのレポートでは、温度が上がると、生物の数が増えるところがあると報告されています。一方で在来の生物などのように、変化に対応できずに種数が減ってしまったり、絶滅の危機に直面したりするものも現れるといわれています。
質問3早急に対応が必要な気候変動対策は何でしょうか?
回答例えばエアコンは持っていて、電気代を払える、電気が通っている地域に住んでいる人なら使えますよね。ところがエアコンがない、対策が取れない国のほうが、気候変動の影響を大きく受けます。そのため、貧困対策、途上国援助といった国際的な枠組みでの援助も非常に重要と考えています。
質問4今ある建築物や構造物では、どういった対策ができますか?
回答既存の建築物がそのまま使えるか、診断する方法があります。現在の強度などを検査しながら、活用すべきインフラをリノベーションをしたり、補強したりして活用することに、土木分野でも積極的に取り組んでいます。
質問5アジアやヨーロッパなどの洪水が起きている地域で行われている、具体的な対策を教えてください。
回答タイやフィリピンなどのいくつかの国では、日本が資金援助するプロジェクトで、観測データをたくさん集められるように技術援助をしたり、早期警報システムをインストールしたりしています。日本国内でも政府がメディアに教わりながら、洪水が起こりそうなときのメッセージの出し方を、直接的でわかりやすい指示に変更するといった対策が進められています。