「市民のための環境公開講座」は、市民の皆様と共にSDGsをはじめとする地球上の諸問題を理解し、それぞれの立場でサステナブルな未来に向けて具体的に行動することを目指します。30年目を迎える本年は「認識から行動へー地球の未来を考える9つの視点」を全体テーマとし、さまざまな切り口で地球環境とわたしたちの暮らしのつながりを考えます。
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07 企業が取り組むサステナビリティ
10/19 18:00 - 19:30

企業が取り組むサステナビリティ

「サントリー天然水の森」における生物多様性の意義
山田 健 氏
山田 健 氏 サントリーホールディングス株式会社 チーフスペシャリスト

サントリーグループの製品の多くは、自然の恵みによって支えられています。なかでも良質な地下水は、サントリーの生命線です。サントリーは、その生命線の「持続可能性」を守るために、水資源を守り生物多様性に富んだ森林を育む「天然水の森」活動など、さまざまな環境活動に力を注いでいます。

講座ダイジェスト

天然水はどこから生まれる?

今やどんな企業も無関心ではいられないSDGs活動。私たちは、SDGsがかかげる網羅的なゴールの中から可能な限り本業に近い分野でテーマを選ぶことが大切だと考えています。私たちサントリーは水の会社です。いい天然水がなければビールもウイスキーも清涼飲料もつくることができません。そのため良質な地下水=天然水を守り育てることがサントリーの事業の生命線であり、こうした考えから「天然水の森」と名付けた水源林保全活動が生まれました。私たちは全国の工場の水源涵養エリアで地下水を育む力の大きい森づくりを目指して、森林整備に取り組んでいます。2003年に阿蘇からスタートし、今では全国で約12,000ヘクタールに及ぶ面積の森林を整備しています。

サントリー天然水の森は、ボランティア活動ではなく事業の生命線である「水の持続可能性」を支える基幹事業です。目標は、以下の四つです。①水源涵養林としての高い機能を持つ森林、②生物多様性に富んだ森林、③洪水・土砂災害などに強い森林、④豊かな自然と触れ合える美しい森林。この4つの目標を達成するために、水文学(すいもんがく)はもちろん、森と水に関わる多様な分野の第一人者との共同研究を行い、科学的根拠にのっとって森林整備を行なっています。こうした協働研究の結果、地下水涵養で最も重要なことは蒸発散量の適度な抑制と、健全な森林土壌の育成の二つだということがわかりました。雨を地下に浸みこませ、地下水を育む力の大きい森をつくるには、フカフカな土を育みながら、蒸発散が適度に抑えられる、そんなバランスが重要なのです。

では、フカフカな森林土壌は誰が育んでいるのでしょう?それは他ならぬ、森に棲む多様な生き物たちなのです。多様性に満ちた森では、土の中に様々な形の植物の根が透き間なく張り巡らされます。それらの根に先端にある細根は冬に枯れ、春にはまた新しく伸びる。その繰り返しで土がゆっくりと耕されます。また晩秋には沢山の落ち葉や落ち枝がキノコやカビなどの微生物、ミミズやトビムシなどの土壌動物たちの餌となることで土は柔らかく耕されます。水の未来を守るための森づくりには、こうした多様な生き物たちの協力が欠かせません。水源涵養のための森づくりと、生物多様性に満ちた森づくりとは、ほぼ同義と言っていいと思います。

より多くの生命(いのち)を未来に引き継ぐために

ここからは、私たちが天然水の森でどのようにして水資源と生物多様性を守り、育んでいるのかを具体的にお話しします。天然水の森の整備は、植物の多様性調査から始まります。天然水の森という大きな生態系ピラミッドは、種組成の異なるいくつかの小さな生態系ピラミッド(群落・群集)が組み合わさって出来上がっています。小さなピラミッドではしばしば「そこに本来いて欲しい植物」が欠けていることがあります。私たちはそれらのピラミッドをひとつひとつ丁寧に観察し、そこに欠けている植物があればその再生を促します。植物の多様性が増すとそこに棲む動物たちの多様性も高まっていきます。次の重要なステップが、道づくりです。道がなければ本格的な整備に入ることが出来ません。ただし、その際にも、可能な限り自然に負荷をかけない、長年に渡って使い続けることが出来る、崩れにくく丈夫な道づくりを常に心がけています。

また、気候変動により増加している台風や豪雨による土砂災害のリスクを低減することも、欠かせない活動のひとつです。そこでも、根の形が違う多様な植物たちが力を貸してくれます。根の浅い木が一種類だけびっしりと植えられているような斜面は、一気に崩壊するリスクが高まります。一方、様々な形の根が深く、広く緻密に張り巡らされている斜面は崩れにくくなります。「複雑さは強さ」なのです。そういう多様性のある森に誘導するために植樹をする際には、DNAにまでこだわった地域性苗木の育苗から始めます。もうひとつ、天然水の森における最大の課題のひとつに、鹿の採食圧があります。鹿は美味しい草から食べ始め、最後には毒草さえも食べられるようになるため、鹿に食い尽くされた植物の順にその植物に依存している虫や鳥、動物たちが姿を消してしまいます。そこでわたしたちは、重要な植物が生えている場所や崩壊危険地を植生保護柵で囲むことで、柵の中を遺伝子資源の銀行として、将来に備えています。

生き物たちの楽園を目指し、終わりなき挑戦を

他にも、手入れ不足の人工林を繰り返し間伐して針広混交林に誘導したり、病虫害対策を行ったり、かつての里山林における落葉広葉樹林の常緑化を防止したり、拡大竹林を元の雑木林に戻す活動など、私たちの活動は多岐に渡ります。中には、私たち人間の生活環境の急激な変化によって起きている問題もあります。湿原の減少も深刻な問題です。かつて日本は「豊葦原みずほの国」と言われるほどに湿原が多い国でしたが、今では湿原のほとんどが埋め立てられたり水田化していて、湿原の生物たちが絶滅危惧にさらされています。20世紀初頭まで500万ヘクタール=国土の約13%もあった半自然草原も、今では1%にまで減少しています。こうした状況の中で、生き物の多様性を再生するのは容易ではありません。私たちは様々な実験を繰り返しながら、少しずつ自然の再生に挑んでいます。またこうした活動を進めるにあたっては、人材育成が不可欠です。そして、人間だけではなく、たくさんの生き物たちの力を借りることもとても重要です。土の中の微生物や小動物、草や木、虫や爬虫類や両生類、ほ乳類、彼らすべての力を借りながら、彼らすべてが幸せになる自然環境の再生を目指しています。

天然水の森の整備は、R-PDCAのサイクルで進められています。R(リサーチ)でそれぞれの群落・群集ごとに現状把握を行い、課題を抽出し、Pで課題ごとに数種類の解決策を立案します。プランを複数にすることで、多様性をさらに高めていきます。Dでは解決策にそった整備を実行し、整備効果が確立されていないプランについてはまず小面積で実験的施業を行い、効果が実証されているプランは大面積で実行します。CAではRの際に設定されたコドラート(調査区)のモニタリングを継続的に行い、プランの実効性を確認します。検証した結果を元にプランの終了か軌道修正か整備面積の拡大かを判断します。そして再びRを行います。この繰り返しによって、天然水の森は多様で美しい世界に向かって一歩一歩、螺旋階段を登っていくのです。

ここからは講義中に集まった質問と回答の一部を掲載します

質問1天然水の森をつくるまでにどのような失敗がありましたか?

回答沢山ありますが、やはり最初が大変でした。初めての森づくりを阿蘇で計画した直後、コピーライターだった私は子会社であるサン・アドへの出向が決まり、計画した内容を実行することができませんでした。その2年後、事業の要である森づくりが上手くいかなければ企業の根幹にかかわるということで自ら手を挙げてコピーライターを隠居し、再び森づくりの責任者として戻りました。しかし、いったん森づくりから離れてしまったことは大きな損失だったと思います。

質問2森づくりをすることで、商品に対する意識は変化するものなのでしょうか?

回答変わると思います。私たちはビールもウイスキーも清涼飲料も地下水=天然水からつくっているので、産地が異なる天然水の味の違いを強く意識しています。例えば、ウイスキーの白州と山崎で全く味が異なるのは、天然水の味が異なることが大きく関係しています。反対に、ビールの場合は各地の天然水の味の違いが表れないように、醸造の工程で工夫していたりします。

質問3森づくりを始めた当初と今では、森に対する社員の方の意識に変化はありますか?

回答良くも悪くも20年ほど前は私の遊びくらいにしか思われていなかったので、逆に誰にも邪魔をされずに自由に活動の基盤を構築することが出来ました。当時は私自身もここまで大きな活動になるとは考えていませんでした。それが環境について企業が考えることが当たり前な社会になったことで、約20年間先行して行われていたこの活動の重要性を全社員が真剣に考えてくれるようになりました。人事の方針でサントリーの社員であれば一度は必ず森に入りますし、その経験によって社員たちの環境への意識はより高まっていると思います。

構成・文:伊藤彩乃(株式会社Fukairi)