講座ダイジェスト
自然の美しさと厳しさ(田中陽希氏)
アドベンチャーレースとは男女混成の4人1組みでチームを組み、砂漠や雪山、ジャングルなどあらゆる自然環境の中でレースを行う競技です。主催者から渡される地図とコンパスを頼りに、地図上のチェックポイントを通過しながら、道なき道をその時の環境に合わせて昼夜問わず500~800km先にあるゴールを目指します。トレッキングやMBT、カヤックなどで、橋のかかっていない川などもあり、着の身着のままお互い協力をしながらレースを行います。レースの途中で誰か1人でも欠けてしまうとその時点で失格となるため、完走することが非常に難しい競技と言えます。私からはそんな競技を通して見てきた自然についてお話ししたいと思います。
ここ数年、私たちのチームは活動のひとつとして南米チリのレースに毎年出場しています。主催者から事前に自国の自然環境について説明があることも多いのですが、実際に自分がその場所に行くことで氷河の氷が刻々と溶けている様子を体感することで感じることもあります。また、チリではビーバーが木を切り崩して巣(池)を作り、森林がなくなっている状態を目にしてきました。このビーバーは元々チリに生息していた動物ではなく、毛皮を売ってお金を手に入れようとした人間が持ち込み、毛皮の需要低下により野生に離した結果、森に棲みついてしまったそうです。初めはビーバーが森林を荒らしているのかと思いましたが、ビーバーを野生化した原因は私たち人間にあったのです。このように私たちの行動は自然が変化する火種になっています。
その一方で、アドベンチャーレースでは手付かずの自然に身を置く機会が多いからこそ、自然が持つ厳しさと美しさを強く実感します。自然は人間に容赦なく広がっているため、レース中に恐怖を感じ「乗り越えられるだろうか」と弱気になることもあれば、偶然水が湧き出ているポイントや木の実に出会い、栄養補給をし、精神的にも体力的にも助けられることもあります。こうした体験は自然の有り難みをより強く感じさせてくれるため、皆さんにも環境問題に取り組む一歩として、まずは身近な自然に身を置いて自然の現状を肌で感じて欲しいと思います。私はレースの肝である「自然から与えられた課題をどのようにチームで解決するのか」と同じように、今ある環境問題と一人ひとりが向き合い、協力しながら美しい自然を守ることが大切だと考えています。
林業から感じた将来への不安(田中正人氏)
私たちはレースに出ていない時、自然の中でトレーニングをしながら収入を得るために群馬県みなかみ町でラフティングツアーの会社を設立し、そこで働いていました。しかしコロナ禍によって海外に行けなくなり、レースもなくなり、ラフティングも不要不急ということで自粛したため、仕事がない期間がありました。そこでどうにか生きていくために、近くにあった農家さんで働かせていただくことにしました。メンバーは各々に農業のノウハウを学び、違った視点で自然と対峙することができたのですが、徐々に時間の制約がトレーニングに影響し始め、別の仕事を考えざるを得なくなりました。
その時に始めたのが林業で、私はみなかみ町で推奨されていた2~3人で行う自伐型林業を実践しました。林業は空いた時間に仕事をすることができるため、私たちの活動と相性が良いと思いました。しかしここでも様々な問題に直面しました。ひとつは補助金の問題、もうひとつは日本の抱える住宅事情です。木材にはA材からC材といったランクごとに単価が決まっています。A材は主に柱や梁などの構造材となる質の良い木材です。また、B材は曲がっていたり、節があるため合板用に使用され、C材は質が悪いため粉砕して木材チップとして使用されています。A材から順に高い価格で取引されるのですが、A材の需要が低いため、木を切っても稼げない状態です。現在は国からの補助金により伐採を行っている状態で、健全なビジネスモデルが構築されているとは言えません。中には利益を重視し後先のことを考えずに悪質な伐採が行われている地域もあり、自然災害に繋がるような事態も発生しています。
また、現在は国によって勧められている省エネ住宅基準に適合させやすいパネル工法という住宅の床や壁、天井などの構造体をパネルとしてあらかじめ工場で製造し、現場で組み合わせて建築する工法が増えています。これにより付加価値の高い木材を持続的に生産するより、短期に安く大量に伐採する荒い施業が起きやすくなっています。このままでは林業の発展は疎か、モラルの低下による国土の荒廃が進んでしまいます。私は林業を通して、日本の将来に強い不安感を抱きました。2024年から課税される森林環境税が、国土を荒らす方向ではなく正しい間伐による木を太らせ山を豊かな状態に保つよう使われることを願います。
ここからは講義中に集まった質問について、お二人からの回答の一部を掲載します
質問1今まで行かれた国や地域の中で、自然への取り組み(政策)がよいと思ったところはありますか?
回答田中正人 氏: いくつかありますが、その中でも例えばニュージーランドは日本でいう環境省のような機関がとても厳しく自然を管理していると感じます。ニュージーランドは元々森林があったところを全て伐採して穀倉地にした歴史があるのですが、そこから残った原生林を大切に守り少しずつ自然を育んでいます。一方、国立公園の自然保護区のような場所でもレースを開催しており、10年に1回のペースなら人が多少足を踏み入れても自然は元に戻る力を持っていると客観的に考えていることがすごいなと思います。
質問2今まで色々な山を登られてきたと思いますが、世界の山と比べて日本の山の良さや魅力というのはどこにあると感じられますか?
回答田中陽希 氏: 町と自然が近いというのは、日本らしい魅力のひとつだと思います。日本には窓を開ければ富士山を見ることができたり、車を少し走らせれば週末だけ山で過ごすことができるような身近さがあります。海外だと自然が人を選ぶ、人をふるいにかけるような忖度がない、ガイドがいないと立ち入れないところが多いが、日本は北アルプスや南アルプスなどをはじめ、管理が行き届いた山も多く、山小屋や標識やロープウェイ、登山道が整備されており、自然環境においても人工的な力を加えながら歩み寄っているようなところもあるので、幅広い人が自然を体験できると思います。
質問3これまでのレースの中で、最も身の危険を感じたレースはどんなものですか?
回答田中正人 氏: 私はブラジルのパンタナールという世界遺産の大湿原で行われたレースです。すぐ近くで猛獣のジャガーが鳴いている声が聞こえて、人間が立ち入ってはいけないエリアを走り、もの凄く怖かったです。ジャガーの声は聞こえるけど姿は見えず、いつ襲われてもおかしくないような状況でした。
田中陽希 氏: 2017年に世界選手権が行われた、アメリカワイオミング州のレースが思い浮かびます。平均標高が2500~2600mの高地で一番高いところでは富士山と同じくらいの場所で、天候の変化が激しく、先ほど田中正人さんから動物という視点で話がありましたが、私の場合は、自然発生的な現象として、草原の中で走っている時に雷が発生し、雷の中進まなければいけませんでした。目指している湖にも無数の雷が落ちているのがわかって、自分に落ちてきたらどうしようという恐怖で胸がいっぱいでした。
質問4自然が好きで環境問題への意識もある方々に対して、皆さんへのメッセージも含めてこれから挑戦したいと思っていることをお話しください。
回答田中陽希 氏: 私は国内の山を沢山歩いてきましたが、日本にはまだまだ日本古来の生活を送っている方が多いと思います。山水から生活水を取り入れ、田畑を耕し、必要以上の裕福を求めずに生きている彼らから学べることはまだまだ沢山あると感じます。自然を守ろうとすると、自然と距離を置く方向に話が進みがちですが、自然環境に目を向けるのであれば、そういった暮らしからヒントを得て、長く四季を通じて数年単位で自然の中に身を置くという経験を大事にしていきたいと思います。
田中正人 氏: 私はアドベンチャーレースをより多くの人に体験していただきたいと思っています。アドベンチャーレースは未知なる自然に放り込まれて、困難が降りかかるという設定になっています。それをチームワークで前向きにクリアをしながら前に進めていくという競技のため、自然から多くのことを学びながらトラブルに対して、前向きに課題解決する力が身に付きます。日本人向きではないかもしれないですが、アドベンチャーレースに参加している人たちは、自己責任能力が高く、好奇心旺盛で、こうした人材が増えれば日本もより明るくなると思うので、ぜひ皆さんにも体験していただきたいです。
構成・文:伊藤彩乃(株式会社Fukairi)