パート1 気候変動とエネルギーの転換
2050年カーボンニュートラルに向かう世界
気候危機と「変化」の中の地域と企業
日 時 | 9/1 日 18:00〜19:15 |
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東京大学 未来ビジョン研究センター 教授
このところ「何十年に一度」といった雨や台風などで人命が失われ、大きな経済損失が生じています。気候変動が一因と考えられており、将来さらに悪影響が深刻になることへの危機感が若い世代を中心に高まっています。今、日本を含む多くの国が、そして、地域や企業が、2050年までにカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)=脱炭素社会の実現をめざす目標を掲げて気候変動対策を進めています。なぜ世界はカーボンニュートラルに向かって歩みを進めるのか、みなさんと一緒に考えます。
近年、度重なる自然災害の発生によって、私たちの命や経済は大きな被害を受けてきました。同時に、自然災害の要因である異常気象の水準や頻度が、気候変動(温暖化)と深い関係があることが科学的に証明されつつあります。2021年8月に発表されたIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書には、2011年〜2020年の間に世界の気温は1.07℃上昇しており、CO2の排出をはじめとする人間活動が大気、海洋、陸域の温暖化を引き起こしていることに疑う余地がないと記載されました。
また、IPCCは2018年に気温が1.5℃上昇した場合と、2℃上昇した場合のインパクトを比較しており、この0.5℃の上昇によって生態系に対する影響は約2倍に膨らむと発表しています。これは私たちの生活を支えている食料生産にも、大きな変化を与えることを意味します。さらに生態系への影響だけでなく、熱波が起こる頻度や10年に1度と言われるような局地的大雨が発生する頻度も増加することもわかっており、私たちはスピード感を持って温室効果ガスの排出量を抑えることを求められています。気候変動の問題は遠い未来の話ではなく、一瞬で私たちの命や生活、経済を変えてしまうということを強く意識する必要があるでしょう。
そんな中、世界ではカーボンニュートラルに向かう動きが加速しています。カーボンニュートラルとは、自然が吸収できる範囲を超えて排出される温室効果ガスの排出量を、ゼロに近づけることを意味します。それには、私たちの生活の基盤となっているエネルギーや都市、建築物、交通などのインフラに加え、サービスや商品を提供する産業の脱炭素化、またそれを実現するためのお金の流れを変える必要があります。世界では2015年に採択されたパリ協定の1.5℃の努力目標を水準に気温上昇を抑えようという動きが加速しており、日本でも2020年10月に菅首相が2050年に温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、「2050年カーボンニュートラル」を表明しました。
2050年カーボンニュートラルを目標に掲げている国は、EUに加え世界で120か国を超えています。中国も2060年までに、カーボンニュートラルを実現することを表明しています。この目標に対し「達成可能な目標なのか?」という質問をよく受けますが、答えはシンプルです。もし、私たちが今の社会のあり方のまま生活を続ければ、あるいは温暖化対策が現状のものを少しずつ強化することにとどまれば、残念ながら目標の実現は不可能です。それでは意味がないと考える人もいますが、この目標は達成できるから立てられたのではありません。今の延長戦上に持続可能な脱炭素社会がないことを理解し、どこに課題があり、知恵を絞る必要があるのか、どこにイノベーションが必要なのか、どんな政策が必要なのかを考え、明らかにするために生まれたのです。つまり、この目標と現状を世界で共有し、これから社会をどのように変えていけるかが重要なのです。
実際、この目標を表明する前後で日本の政策は大きく変化しています。エネルギー基本計画や温暖化対策計画もそのひとつですが、特に注目していただきたいのは地域の脱炭素化を重視している点です。この背景には、都心ではなく再生可能エネルギーを活用できる地域が主軸となり、モデルケースとなるような脱炭素先行地域をつくることで2050年カーボンニュートラルを目指すべきだという考えがあります。そのため現在は、農林水産省や国土交通省、経済産業省などが連携して、地域を主軸にした取り組みが進められています。
また、先進国の気候変動対策にはいくつかの共通点があります。ひとつは、グリーンリカバリーやグレート・リセットと呼ばれる、コロナ禍から復興する過程に対策を織り込み、より良い持続可能な社会の実現を図るという考えです。もうひとつは、EUが2021年7月に発表した2030年目標のための政策パッケージ「Fit for 55」に含まれる国境炭素調整措置による影響です。国境炭素調整措置とは、EU域内の事業者が対象となる製品をEU域外から輸入する際に、EU排出量取引制度に基づいて課される炭素価格に応じた支払いを義務付けるもので、規制の緩いEU域外に製品を製造する過程の排出量を転嫁することを認めないというところに論点があり、その動向が注目されています。
こうしたカーボンニュートラルに向かう過程で特に動きが目立つのは、各企業の取り組みです。SBT(サイエンス・ベースト・ターゲット)というパリ協定の長期目標と整合する目標を持った企業に、多くの日本企業も認定されており、自社の工場やオフィスだけでなく、バリューチェーン全体の排出量削減や、課題を抱える顧客のカーボンニュートラル化を支援するといった活動が広がっています。企業が自治体よりも先に動き出した背景には、①現実化する気候変動の悪影響とリスク、②金融や資本市場での評価基準の変化、③事業活動のプロセス全体の排出削減要請、④意識や市場の移り変わりによるニーズの変化、などが挙げられます。日本が抱える大きな課題のひとつである、新しいエネルギーシステムの構築は、繋がり合う様々な企業の取り組みが鍵を握っていると言っても過言ではありません。
気候変動対応での最悪のシナリオは、私たちが準備していない状況で気候変動の影響に襲われ、その被害に対応できないというものです。人間や社会にとって、適応準備が十分できていない中で受ける環境変化が最も被害を大きくします。だからこそ、私たちは将来どういったことが起こりうるのかを考えながら、その準備を進めなくてはなりません。これは企業や自治体が社会課題に対して、目先の目標ではなく中長期的な視点を持つきっかけにもなるでしょう。
脱炭素化への取り組みは、私たちの生命と社会・経済を気候変動から守るものであり、より持続可能な方向に社会を変えていこうという意志のもと行われることが重要です。皆さんには足元からできる対策を積み重ねると同時に、社会基盤を変えるためにどんな政策が必要で、努力している自治体や企業はどこなのか、そういった視点で社会を見つめて欲しいと思います。そこから生まれる考えや支援、行動が少しずつ、そして確実に社会を変えることに繋がるはずです。
回答中小企業は大手企業に比べて、高い電気料金を払っていることが多いので、少しでも省エネになる設備導入したり、自社で発電したりすることでコストを抑えられる可能性があります。また、自治体によっては専門家の派遣サービスを行っていたり、地方銀行が脱炭素に関する補助金を紹介しているところもあります。中小企業の方々は、まず自分たちがどれくらいのエネルギーを使用していて、どこが減らせそうなのかを考え、専門性の高い部分は自治体や銀行などに相談して支援していただくのがいいと思います。
回答生活のスタイルは人それぞれなので一概には言えませんが、住まいと交通からの排出量が多いと思います。ただ、エアコンや自動車をゼロにすることは不可能なので、使い方を見直す、または新しいものを買う時にできるだけエネルギー効率の良いものを選んでいただくのがいいと思います。金額が高いこともありますが、省エネ製品を選ぶことがそうした取り組みをする企業を支えることにも繋がります。また、自動車や住宅など大きな買い物をされる時は、ゼロエミッション=排出をしない家を建てて欲しいと思います。災害時に最低限のエネルギーをまかなえますし、健康の観点からもメリットが大きいです。
回答私は国のエネルギー基本計画やエネルギー政策、温暖化対策の策定に携わりましたが、大変意欲的な目標が掲げられた背景には、日本のものづくりをされている企業、電力を使う側の企業からの危機感と要請が強く関係していると思いました。2030年で今の2倍近い削減数字を目指しているわけですから、日本の企業も十分意欲的だと言えると思います。
また、再生可能エネルギーを増やしていくためには、コストや制度の改善、エネルギーがある地域主導での取り組みが重要だと思います。昔からあるルールを再生可能エネルギーが増えていく将来に見合うルールに変え、それぞれの地域の要望にあう取り組みを進めていく。外からの圧力ではなく、地域それぞれが災害に影響されない脱炭素社会をどう目指していくのかを議論し、進めていく必要があると考えています。
構成・文:伊藤彩乃(株式会社Fukairi)