講師紹介
パネリスト:
コーデイネーター:
江田稔氏
尾上伸一氏
阿部治氏
(文部省初等中等教育局主任視学官)
(横浜市立下永谷小学校教諭)
(埼玉大学教育学部助教授)
1. 総合的な学習の時間の現状と課題 ( 江田稔氏)
小中学生の自然体験について、昭和59年データと平成7年データを比較したものがある。「日の出や日の入りを見たことがあるか」、「釣をしたことがあるか」、「チョウやトンボを捕まえたことがあるか」などの質問項目について、「一度も経験したことがない」と答えた割合は、平成7年における小中学生が昭和57年の小中学生のそれを上回っている。本来はこのような体験は家庭生活において経験すべきことであろうが、家庭でも忙しすぎて、学校教育のなかでこのような体験を充実しなくてはならない状況を示していると思う。
総合的な学習の時間は、正式には2002年度から始まるが、すでに試行として取り組みは始まっている。総合的学習の時間のねらいは二つある。
一つは、今の体系化された知識注入型の学習に加えて、自分で課題を見つけ解決する思考力や態度を育てることである。そのような教育は教科の中でも不可能ではないが、それだけではそう簡単にはできない。そこで、総合的学習の時間でそのような場を保障しようというものである。
これからの環境問題の解決方法を探るためには、まさしく正解のない中で解決方法を見出さなくてはならないし、自らで選択肢を選ばなくてはならない。極めて重要な能力である。 二つ目は、環境問題や国際問題など、従来の教科の枠組みにおさまらない学際的な内容を扱う時間を保障する必要があることである。
[総合的学習の時間の活動例]
国際理解、情報、環境、福祉・健康
課題を設定して、知識や技能の深化、総合化
自己のあり方や生き方や進路などについての考察
[総合的学習の時間を進める上での留意点]
単に先生が教え込むような座学で終わらない、生徒が主体的に活動できるような体験的な学習が重要。
観察、実験、見学、調査。
ものづくり、生産活動。
問題解決的な学習。
[総合的学習の時間で扱われる主なテーマ]
郷土学習:自分たちが住んでいる身近な地域について学ぶことができるために、最も多いテーマである。
環境教育
国際理解:一般的には英語教育が主流だが、それだけではない。
学び方の習得:課題を設定し、情報を収集し、解決方法を考えて実行し、まとめ、発表したり、自分で調べたり、とめたりする作業。
生き方の追求:ボランティア、職場体験など。
[環境教育推進のポイント]
判断力と意思決定能力の育成:自分で判断できる力を身につける。
野外体験学習:普段の授業の中でも野外体験の機会を増やす。
教科横断的学習:環境教育はさまざまな教科にわたる学際的なものである。
協力組織の構築とその利用:外部、地域との連携を年間を通して培う。
情報通信ネットワークの利用
自分の地域だけでなくグローバルな視点を養うためにも世界的な情報を収集することが必要。
[環境教育の学習方法]
読書活動
レポート作成
討論
プレゼンテーション
ケーススタデイ
ブレーンストーミング
ロールプレイ
これらの学習方法は、今まで日本の授業の中では取り入られてこなかった。総合的学習の時間でのさまざまな試みの中で、学習方法の試行も探りたい。
いずれにしても、総合的学習の時間や環境教育の充実を図るためには、各学校校長のリーダーシップは非常に重要である。
また、文部省では環境教育推進モデル市町村を全国で10数カ所も設け2年間実践し、土日、休日など利用して、生徒と地域のグループや事業団体と一緒に活動していただいた。活動内容は、清掃活動、オリエンテーリング、動植物の観察会、水質・大気・地質などの保護・調査、リサイクル活動、シンポジウムの開催、緑化運動、環境保護活動発表会などである。
学校で行う環境教育には限界がある。そこで、地域や自治体、企業などと協働してさまざまな環境教育活動を行うことで、より大きな効果が期待できる。
2. 横浜市の小学校での実践 (尾上伸一氏)
私が教鞭をとっている横浜市立下永谷小学校は横浜市のやや南部、横浜駅と横須賀駅とのちょうど中間にあたる上大岡という商業地帯に位置する。
10年ほど前、前任校の横浜市金沢区の小学校で、「自然ひろば」をつくった。着手してから1年後に完成したひろばは、生徒、父兄、地域の方達や卒業生などと一緒に、学校の裏の倉庫を壊してつくった。学校の50周年の記念事業や地域の協力が得られたことがあってできた活動だが、当時はまだ現在のように自然を復元する技術などが一般的ではなかったので、すべて手さぐりだった。手掘りで作った池がだんだん形になってきて思っていた池になっていく。池の回りに子供たちと一緒に近所の河原などからセリやフキを移植していく。完成から1年も経つと、自然豊かな池になっていた。特に夏場は非常な勢いで植物が育つ。水辺を中心とした自然をつくると、そこを中心に育まれる生命力の強さを目の当たりにした。もともと田んぼを埋め立てて作られた学校だったこともあり、掘った部分がそのまま池になることも、やってみて初めてわかった。
この池には、メダカや約20種類のトンボがやってきた。アカガエルなどのカエルがいるのでヘビもくる。カルガモやコサギ、カワセミなどもやってきた。アカガエルやヒキガエルがすばらしいのは、1年生が入学したときに、ちょうど良い大きさのオタマジャクシがいるということ。まるでオタマジャクシが新入生を迎えてくれるような学校なのだ。生活科での学習や観察にとって、オタマジャクシほど良い教材はない。手が生えて、足が生えて、最後にカエルになる、カエルになれば放してあげればよい。秋には、環境委員会の子供たちが中心になって池の手入れをする。冬の寒い朝には、氷を割るために子どもたちがたくさんやってくる。このような活動を通して、この時点では、横浜市内の学校のなかでは、最も自然体験が豊富にできる小学校になっていたのではないかと感じている。
この活動は、地域の人と一緒に行ったことも重要である。地域の人たちと一緒に池の補修や管理活動をしているが、もう8年も続いている。植物の成長が早いので、きちんと管理しないとどんどん遷移してしまうのだ。また、この池を使って青空教室を開いたり、夏休みに竹細工などを教える野外教室を開いたりしている。30人くらいの地域の方々が先生になって、近郷の子供たち200人くらいが参加している。
次第にこれらの活動そのものが、学校から外に出ていき、地域との連携が図られるようになった。子供たちと地域のおじさんたちが一緒に地域の川にいき、ゴミ拾いをしたり魚を捕る。子供たちは小学校を卒業し、中学生、高校生に成長していくと活動する内容も変わっていく。地域に学生部ができて、卒業生が指導者になっていったりする。川で見つけた魚や鳥の案内板なども子供たちが主体的に設置していく。子供たちの活動によっていろいろな生き物がいるということを地域の人たちへ伝えることができて、反響も大きくなってきた。そうなると、地域の方達も、この川をもう一度自分達が昔遊んだように、今の子供たちに遊んでもらえるようにしようという気になる。三面コンクリ張りの川に砂利石を入れ、植物を移植したしりて、緑多い川に変えていこうとしたわけである。
また、横浜市内で10年間も生息記録のなかったハグロトンボがこの川で蘇ってきた。子供たちの活動と何らかの因果関係があると思われるが、このようなことが地元で紹介されたりすると、子供たちにとってはますます励みになる。今では、子供達と地域の方々とが一緒に活動する行事が定期的に行われるようになっている。地域の人にとっても生涯学習の場として機能しているようである。
私はこの学校に10年間いたが5年前、現在の学校に異動した。これだけさまざまな方達と濃密な活動をしてきたので、新しい学校に赴任したときには、さすがに無一文になっていた気がした。新しい学校の学区は100%住宅街で、小高い丘の上にあり川も近所にはなかった。学区のなかで緑があるのは、この小学校の校庭だけだった。前任校の実践で、自然が子供のさまざまな意欲や学習への関心を呼び起こす力になると思っていたので、この学校でも何かやりたいと考えた。そこで、学校の校庭を使って自然観察ができる場をつくり始めた。校庭にメダカ池や田んぼをつくったのである。「そよ風の散歩道」、カエルが産卵に来れる「ケロちゃんランド」、「オタマ池」。学校を囲むように観察や自然体験ができる場所をつないでいくことにした。つけた名前が「校庭自然体験博物館」である。
花壇をカエル池につくりかえるとカエルが来た。かつてはこの小高い丘にヒキガエルがたくさんいたが、だんだん下の方から住宅街になってくるものだから、カエルはどんどん上に上がってきて校庭に住み着くようになったのだと思う。このヒキガエルは、卵を産む場所がなかったわけだから、とても小さな水たまり程度の池が、3月にはすごい産卵場所になっている。アカガエルはここでは生息していなかったので前の学校から少し運んできて放すと住み着いてくれた。子供とカエルのふれあいはこのような小さな場所でもできるということを証明できた。
本来校庭は神聖な場所で、平らで石などは落ちていてはいけないものである。そこを、後輩の体育主任の先生にかけあって、掘ってしまったのである。巨大な穴は田んぼをつくるためのものである。校庭につくった田んぼは日当たりは良いし平らなので、収穫は良い。田植えなども子供たちが行うし、稲刈りや脱穀なども行う。また、プールにギンヤンマを呼んでみた。水泳学習が終わったあと、ススキを浮かす。するとギンヤンマがやってきて産卵してくれるギンヤンマは植物の組織の中に産卵するからだ。翌年には、1000匹くらいのヤゴがプールで育っている。2.3年生が中心になって、生活科や理科の授業で学習する。全生徒数は750名なので一人1匹ずつ飼える計算だ。子供たちにとって自分の目の前でヤゴがトンボに羽化する姿を見ることはとても大きな経験になる。横浜市ではプールのヤゴを羽化させる実践を教材としている学校は8割くらいになる。プールに草まきする学校もどんどん増えている。プールに草をまくと、横浜市内でほぼ7割の学校でギンヤンマがやってくるのだ。このように学校の中に自然情報をちりばめてみるとやはり、子供達の目は地域へと広がっていく。そこで、子供たちや父兄、地域の方達と「富士の見える丘たんけんマップ」をつくってみた。校庭にも自然の観察ポイントがたくさんあるように、自分達が住んでいる街にもたくさんの自然があり、自然体験ができる場所がたくさんあるということを気付いてもらおうと思った。
前任校と現在の学校とでの活動スタイルは相違点はたくさんあるが、基本的には子供の活動や学習の方法が地域と一体となった形に広がりつつあるという共通点がある。このように学校から地域へと広がるとき、学校外の地域に受け皿があるということはとても重要である。
3. ディスカッション
阿部さん:
学校で行う環境教育の目標はどこにあるのか?
江田さん:
学校で行う環境教育は、あくまで学校という枠の中ですることである。目標は「判断力を身につける」ことだろう。文部省では、環境教育指導資料をつくってあり、その中で、学校が目指す環境教育に「ベオグラード憲章」をおいている。
尾上さん:
現場で実践していて意識しているのは、子供が自分自身で責任がとれるような学習となることである。自然や生き物などの具体的な命に触れることによって、自分が何を勉強したいのか、何を学びたいのか、それをどのような手順で考えていきたいのかという「自己決定力」や問題を見つけ追求するときの一人一人がそのプロセスに責任を持つことを養うことだと考えている。今6年生は卒業文集を書いているが、小学校6年間をふりかえったとき、修学旅行や運動会での思い出と共に、自然を学んだという体験を記している子供が半分くらいいる。
阿部さん:
中学高校になっても自然体験活動へ生徒を呼び込む工夫はどうされているのか。
尾上さん:
全員が卒業しても関わってくれるわけではない。1000人卒業して今も面倒をみてくれている卒業生は10人くらい。仲間という意識を強く持った子供たちである。それと指導者の力だろう。私の他にも熱心に彼らの面倒をみてくれる若い卒業生がいる。結局人間どうしとのつきあいなので、指導者がそこまでつきあっていけるかが問われる。
阿部さん:
地域に住んでいる方はどうすれば学校に関われるのか。
江田さん:
文部省としては、学校を開かれたものにしようと努力している。具体的な例を挙げると、学校外に対して「○○の指導をしていただける方はいませんか」など、通常の教師でない臨時の講師を募集している学校もある。実際には、子供の保護者がまず考えられるであろうが、徐々に「開かれた学校」を目指そうということである。
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