講師紹介

若林  敬子氏

千葉県生まれ。東京女子大学文理学部社会学科卒業。
昭和44年東京大学大学院教育社会学修士課程修了後、厚生省人口問題研究所に入所。
人口問題研究所地域構造研究室長を経て、現在、東京農工大学農学部地域生態システム学科教授。社会学博士



1. 世界の人口はいま

1998年の人口大国ランキングは、1位:中国(約12億人)、2位:インド(9.8億人)、3位 :アメリカ(2.7億人)と続いている。

国連は2年ごとに「世界人口推計」を作成しており、1998年2月作成の長期推計によると、世界人口は、1999年10月に60億人を超えると推計されている。
そして、2050年には93億人を超え、2150年には108億人になると予想されている。

この推計の中には、「一定値」と「即時置き換え」という欄がある。
「一定値」とは、世界各国の現在の人口増加率がそのまま順調に伸びていった場合の人口数で、この欄に記載される数字は驚くべき世界の人口爆発を意味している。
例えば、アフリカの「一定値」を見ると、2150年では2127億という想像しがたい数字が記載されている。

また、一人の女性が何人生んだらよいのかという指標「合計特殊出生率(TFR)」がある。 次の世代にバトンタッチするには、現在TFRでは、一人の女性が2.1人生めば、次の世代にそのまま増減せずバトンタッチできるとされている。
「即時置き換え」とは、今、このような形に切り替えた場合の推計数字で、TFRの指標に基づけば人口爆発はぐっと抑えることができる。
先進国は軒並み出生率が低下しているが、途上国での人口抑制策は容易ではなく、人口問題に存在する南北問題が人口爆発の危機を解決できないという背景となっている。




2.人口が爆発する

アメリカのスタンフォード大学のポール・エーリックは、人口と環境について有名な方程式を呈示した。
エーリックは、1968年に「人口爆弾」を刊行し、地球規模で人口を考えるという発想を生み、先見的発言をし論争を巻き起こした。
さらに、1990年には「The Population Explosion」(邦訳「人口が爆発する!」)を刊行した。
68年以降に生じた驚くような変化〜オゾン層の破壊、地球温暖化、熱帯林の消失、酸性雨、エイズの登場〜それらを取り入れ、次のように指摘した。
「1968年の頃は、科学がすべてを解決してくれるという楽観論があった。
…しかし、科学やテクノロジーがすべてを解決してくれるという楽観論的考え方は、今や現実に即していない。」として、人口抑制策の必要を強く訴えたのである。
彼が呈示した方程式は、I=P・A・Tと表現される。

地球レベルで人間活動が及ぼす影響の総量(I=Impact of Human Activity)が、地球の能力(E)を超える(E<I)という現象についての生態系の悪化、地球環境問題からの提起である(P=population・人口、A=affluence・消費量 、T=technology・技術)。
また、エーリックは、アメリカの過剰消費を徹底的に批判し、価値観の転換を求めている。

エーリックの方程式では、(1)人口抑制の重要性、(2)経済システムを成長主義から持続可能なものに転換し、(3)一人あたり消費量 の低減、環境によりやさしい科学技術への転換を図ることで、地球の環境破壊の防止を主張、人口急増と資源の大量 消費が、地球環境に及ぼす破壊的影響を単純明快に訴えている。




3.中国の一人っ子政策

かつて、毛沢東は、人口は多ければ多いほど国の武器になると説いた(人口資本説)。
1957年北京大学学長である財政経済学者、馬寅初は人口抑制策を唱えたが、毛沢東によって失脚させられた(79年に名誉回復された)。
1960年には自然災害、農業政策の失敗により、2000万人が餓死などの非正常死となった。
1960年代前半に第一次ベビーブームを迎え、人口の爆発が起こる。
1978年中国社会科学院長・胡喬木は食糧について「1977年の国民一人あたりの平均食糧は、55年の水準にしか相当しない。
つまり、人口が急激に増加したために、20年間に食糧生産は人口の伸びにしか相当しなかった」と指摘する。

こうした背景の中で、中国政府は1979年から経済措置としての人口抑制策「一人っ子政策」を開始するのである。
この「一人っ子政策」を開始した時期は、60年代にベビーブームで生まれた人々がちょうど結婚、出産期にあたる時期とぶつかり、たとえ一人っ子に抑制しても、出産する人口の母数が大きいので、いかに数を抑制できるかがポイントであったのである。

【「一人っ子政策」の具体的なしくみ】
この政策の主な柱は次のようなものである
晩婚、晩産、少生、稀(2人目以降は4年おく)、優生(健康で障害のない子供を生む)

人口計画の主体は国家であることを基本方針として、以下の法令、条例で管理した。
憲法(82年12月)
・国家は、計画出産を推進して、人口増加を経済社会発展計画に適応させる。
・計画出産を義務づける。
・扶養の義務と婚姻の自由

婚姻法(80年9月)
・ 計画出産の義務
・ 結婚年齢制限(男22歳、女20歳)
・ 婿入りの奨励、姓の自由
・ 夫婦別姓、離婚、優生

計画出産条例(92年までに29地域で実施)
・各地域ごとに具体的に結婚年齢の上乗せや処罰などを決める

中国の環境は、広大な面積の中でも、人間が居住できる場所はかなり限られており、生産力の高い場所が開発などにより消滅し、年々耕地面 積は減少している。
また、生態環境の悪化も重要な問題で、表土流出、土地の砂漠化、塩害化などが年々深刻化している。
人間と環境が共存するためにも、人口抑制策は極めて重要な問題なのである。

しかし、こうして始められた「一人っ子政策」に対して、諸外国からは国際的な批判を浴びた。
特に1984年8月に行われた国連の「国際人口会議」(開催地:メキシコシティ)では、アメリカのレーガン政権が中国を名指して批判し、アメリカは国連人口基金への拠出を停止した。
続くブッシュ政権もこの処置を継続する。

また、農村では「一人っ子政策」は全く現実的ではないことが露呈した。
農村では跡取りや労働力として、女子よりも男子のほうが重要であるために、女児間引きなどが行われ、性比のアンバランスを生んだ。

「一人っ子政策」は高齢化の問題をより深刻なものにした。
社会学者の費孝通は、中国の儒教的な老人扶養と家族類型について「フィードバック型」という特色を表した。
その特色とは、「中国では親が子供を養育し、やがて親が高齢になったときには、子供は必ず親を扶養する義務がある。」というものである。
これに対して、欧米では、「親は子供を養育するが、子供は必ずしも親を扶養するとは限らないし、絶対の義務としては考えられていない。
子供は次の世代の子供を養育する。」というもので、これを「リレー型」としている。

そして、ごく一部の国営企業に勤める人たちには退職後も社会保障制度があるが、ほとんどの農村、都市には、社会保障体制ができていない。
従って扶養状況をみても、農村ではほとんど子供に頼るしかない。
「一人っ子政策」を推進するということは、彼らにとって、老後の保障がどうなるのかということにもつながる。
「一人っ子政策」を取るからには、同時に社会保障体制も整えなくてはならないということであるはずである。
中国にとって、これは国家としての大課題なのである。

このような中で中国政府は、条件つきで第二子出産を認めるというような、「一人っ子政策」を緩和させている方向を取っている。
都市ではまだ厳しいが、農村では実質的には第二子の出産を許可しており、また55ある少数民族についても例外扱いとしている。




4.世界の人口爆発の中での「一人っ子政策」の評価

中国政府が「一人っ子政策」を取って20年を迎える現在、あらためてその意味が問われている。
確かに「一人っ子政策」は、人権上では極めて問題があり、米国はこの点を鋭く指摘している。
しかし、世界における人口爆発の抑制に貢献したという意味では価値がある。
この20年の間に「一人っ子政策」によって3億人の増加を防ぎ、中国の人口を12億人に達する日を9年も遅らせた。
ワールドウォッチ研究所所長のレスター・ブラウンは、「現時点での評価は人権的に問題はある。
しかし、21世紀の将来的な視点でみると、中国の計画出産政策によって、世界の人口爆発を抑えたことは大変な成果 である」と評価している。
このような中国の政策は、他のアジア、アフリカ諸国にとっても極めて教訓的であろう。
肝心なことは視点の置きどころによって評価は変わるということである。

人口問題は数の問題だけではなく様々な側面からとらえなければならない。
@数量の問題
A資質の問題(優生や文盲など)
B移動と分布という問題。
C高齢化という構造の問題。
人口問題は、宗教、民族、国家にかかわる問題である。
環境問題と共に、21世紀の国際関係、国際政治に影響を与える非常に重要な問題である。




5.参考文献

「中国の人口問題」 若林敬子著 東京大学出版会 1989年
「中国人口問題」(中文訳書) 若林敬子著 周建明訳 中国人民大学出版社 1994年
「ドキュメント中国の人口管理」 若林敬子編・杉山太郎監訳 亜紀書房 1992年
「中国 人口超大国のゆくえ」 若林敬子著 岩波書店 1994年
「現代中国の人口問題と社会変動」 若林敬子著 新曜社 1996年
「人口が爆発する!
〜環境・資源・経済の視点から〜」
ポール・エーリック、アン・エーリック著、
水谷美穂訳、若林敬子解説
新曜社 1994年
「学校統廃合の社会学的研究」 若林敬子著 御茶の水書房 1999年
 
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