松葉邦雄氏
講師紹介
松葉 邦雄氏
東京都環境局自動車公害対策部長。昭和20年生まれ。昭和43年東京教育大卒後、東京都庁に入庁。首都整備局、練馬区公害対策課長、環境保全局副主幹、大気保全部長等歴任後、現職に至る。


1. 今日の環境問題

今日、我々が直面している環境問題としては、地球の温暖化、オゾン層の破壊、有害化学物質による大気・水・土壌・生物の汚染、廃棄物の増加・処理、自然の破壊(生態系の破壊、生物多様性の減少等)、緑の喪失などが挙げられるだろう。
これらの中でも、大気汚染は、温暖化やオゾン層の破壊などに複雑に影響を与えている。
そして、その発生源の一つである自動車公害は、以前から対策の必要性が叫ばれていたが、なかなか対策が進んでいなかった。
対策事例として例えば、マスキー法(注)のような法律が施行されてきてはいるが、今日では対策が不十分である。

東京都では石原都知事がディーゼル車などの自動車対策推進を公約としたことから、その実現に取り組んできた。
私は、自動車公害対策の担当部署にいたために、東京都の条例施行などの取り組みに関わってきた。
「21世紀は環境の世紀」、また「持続可能な開発」の考え方が叫ばれて久しい。
しかし、結局のところ、エネルギー消費を抑制しなければ大気汚染を代表とする多くの環境問題は解決しない。
問題を解決するためには、相当の覚悟と大胆な対策が必要だ。

(注)マスキー法:1970年に米国カリフォルニア州で施行された自動車排ガス規制。
排気ガス注の一酸化炭素や窒素化合物をそれまでの1/10に減らすという、当時としては厳しいもので、日本をはじめ各国の排気ガス規制のモデルとなっている。

【大気汚染の現状】
日本における道路沿いの大気汚染状況の経年変化を見ても、窒素酸化物(NO2)、浮遊粒子物質(SPM)(注)等が環境基準を達成した割合は、約4割程度しかない。
大気汚染における自動車排出ガスの影響が莫大であることが分かる。
(注)浮遊粒子物質(SPM)
排気ガスからのばい煙などでできた微小粒子。
肺や気管などに沈着して呼吸器に影響を及ぼすと言われる。

また、世界の主要大都市と東京都を比較しても、東京都の大気汚染レベルは高いといえる。
そして、その大気汚染の主な発生源は、ディーゼル車である。






東京都内の場合、窒素酸化物の発生源は、自動車が2/3を占めている。
そして、その約4割がディーゼル車からのものである。
例えば、10トントラックが約1km走ると約1gの煤が排出される。このトラックが毎日100km走ると、毎日約100gの煤が排出されることになる。

【ディーゼル車の排出ガスの健康影響】
・指摘される健康影響
    肺ガンの発症(肺ガン死亡の1〜2割がディーゼル車排気によるものが分かってきた)
花粉症、喘息などのアレルギー症状の発現。
循環器病患者等の急死。
環境ホルモン作用。
・こうした健康リスクの程度等の検証が必要である。


2. 自動車と社会

19世紀前半に自動車が出現し、20世紀前半には量産システムが可能となり世界中に自動車が普及した。
現在、世界には7億1500万台の四輪車が走行しているが、そのうち日本は、世界第2位で約7300万台となっている。

【自動車の燃料形態】
現行車 ガソリン自動車
ディーゼル自動車
LPG自動車(プロパンガス)
低公害車 メタノール自動車(アルコール)
CNG自動車(天然ガス)
ハイブリッド自動車
電気自動車
将来の低公害車 燃料電池自動車
(燃料が水素、排出物質は水蒸気。現在、世界で60種程度開発中)

【輸送の種別】
旅客  自動車7割、鉄道2割、その他1割。
貨物  自動車9割、その他1割。

旅客、貨物共に輸送手段のほとんどが自動車に負っている。こうした状況をみると、大気汚染については、人間は、加害者であり被害者であるといえよう。

【排出ガス対策として重要なディーゼル車の特徴】
ディーゼル車はガソリン車に比べて、
長所  エネルギー効率が良い。低速で力が強い。大型化が可能
短所  排ガス浄化システムが不十分。騒音が大きい。エンジンが重い






3. 自動車排出ガスの規制

自動車排出ガス規制の経緯
(1)ガソリン・LPG車
    
昭和42年  COの規制を開始。
昭和48年  48年規制を施行。
昭和53年  乗用車に日本版マスキー法を施行。
  以後、貨物車等に段階的な規制強化を実施。                
平成12年  乗用車に12年規制(ポスト53年規制)を施行。
(2)ディーゼル車
    
昭和47年  新車の黒煙規制を開始。
昭和49年  49年規制を施行。以後、段階的な規制強化を実施。
平成  5年  短期目標による規制を施行。(PM(粒子状物質)を追加)  
平成  9年  長期目標による規制を施行。
平成14年  新短期目標による規制。
平成16年  軽油の硫黄分規制強化(500→50ppm)。
平成17年  新長期目標による規制。
※ 平成5年以前の車には規制がかからないので、整備不良車が走っているようなものである。

【規制の仕組み】
新車(工場段階での規制)
使用中の車(使用中の車には新規制は適用されない)
  新車
(工場段階での規制)
使用中の車
(使用中の車には新規制は適用されない)
ガソリン車
LPG車
3物質
(NO 、HC、CO)
2物質
(HC、CO)
ディーゼル車 5物質
(NO 、HC、CO、PM、黒煙)
3物質
(HC、CO、黒煙)


4. 東京都の条例

【ディーゼル車NO作戦の展開】
東京から日本を変えよう!(知事の言葉)
自動車問題をとにかく理解してもらおう、理解しよう。
行政が一方的に決めるのではなく、市民ひとりひとりに参加してもらいたい。
そのために、インターネットで公開し、意見を募集、討論会などを行った。
その結果、全国から反響があり、自動車業界などからも意見をいただいた。
このキャンペーンについて寄せられた意見の総数のうち、3/4は賛成、1/4は反対だった。

【ディーゼル車NO作戦】
現在のディーゼル車は、東京での利用に適さない。
「ディーゼル車NO!」5つの提案
提案1:都内ではディーゼル乗用車に乗らない、買わない、売らない。
提案2:代替車のある業務用ディーゼル車は、ガソリン車などへの代替を義務づけ。
提案3:排ガス浄化装置の開発を急ぎ、ディーゼル車の装置を義務づけ。
提案4:軽油をガソリン車よりも安くしている優遇税制を是正。
提案5:ディーゼル車排ガスの新長期規制をクリアする車の早期開発により、規制の前倒しを可能に。

平成11年8月「ディーゼル車NO作戦」を開始し、インターネット討論会等を実施。
    
12年  8月自工会、石油連盟が新長期排ガス規制の前倒し、
低硫黄軽油の供給について協力を表明。
12年  4月中央環境審議会が検討開始。
12年  6月今後のディーゼル車排出ガス対策〜東京都の提案〜」を発表。
12年11月中環審が規制の前倒し等を答申
都が設置した「新市場創造戦略会議」がCNG車等の新市場創造を検討し、
新市場創造東京宣言」を発表。
12年12月環境確保条例を制定
13年  3月都庁にCNGスタンドがオープン

【東京都の条例制定】
「公害防止条例」から「環境確保条例」へ
<視点>
    都民の健康を守る
    都民の安全な生活環境の確保
    都民の将来世代への良好な環境の継承
<内容>
    環境負荷の低減    →    ディーゼル車の走行禁止
    自動車公害対策自動車環境管理計画書の提出
    化学物質の適正管理低公害車の導入義務
    工場・指定作業場の規制アイドリングストップ
    公害対策の強化不適正燃料の使用・販売禁止
      規制の担保

【環境確保条例による自動車の規制】
(1)ディーゼル車の走行禁止
    都独自のPM排出基準の設定。
    貨物車、バス等が対象。
    平成15年10月1日から規制開始。
    初年度登録から7年間は規制を猶予。
    基準に適合しないディーゼル車は都内の走行を禁止。
    PM減少装置を装着した車は走行可。

(2)自動車環境管理計画書の届け出の義務化
    30台以上の自動車を使用する事業者
    低公害車の導入、自動車の使用合理化等

(3)低公害車の普及拡大
  1)低公害車導入の義務化
200台以上の自動車を使用する大規模事業者。
東京都の指定する低公害車を平成17年度までに5%以上導入。
  2)自動車販売者に対する環境情報の説明の義務化

(4)アイドリングストップの義務化

(5)不適正燃料の使用・販売禁止

(6)規制を担保する手段
  1)自動車公害監察員(自動車Gメン)の設置。
  2)違反者に対して、氏名公表や罰金等を適用。


5. 東京都の自動車公害対策
東京都の自動車排出ガス対策の体系
自動車排出ガス対策は総合対策
発生源対策
1)排出ガス規制の強化
2)低公害車の普及促進、新車への買い替え促進、PM減少装置の普及。
交通量対策
1)排出ガス規制の強化環状道路の整備、交差点や踏切りの立体交差化、ロード
プライシング等
2)物流対策 輸送効率の向上による自動車交通量の削減など。
燃料対策
軽油の低硫黄化、優遇税制の是正など。
局地汚染対策
土壌浄化装置の普及など。
普及啓発
    

東京都区部の交通量は毎年0.7%ずつ増加しており、交通量を減らすのは非常に困難である。
正月三ヶ日やお盆時では、普段より約16%位減少する。
交通量の要因は、正月三ヶ日やお盆時に代表されるように貨物自動車の走行量が大きく影響する。
都心の道路は、駐車違反なども大きく影響し、いつも混雑している。
従って区部の平均速度は遅い(18.5km/h)。
走行速度が低下するとNOX排出量は増加する。

「TDM東京行動プラン」(平成12年2月)
【TDM(交通需要マネジメント)とは】
    ・交通渋滞による都市機能や環境への影響が深刻であるため、自動車使用のありかたを抜本的に見直す必要もの。
    ・自動車の効率的利用、公共交通への利用転換などを促して、交通混雑を緩和し、自動車本来の機能回復、都市環境の改善を図る取り組み。
改善目標(区部混雑時平均旅行速度)
    平成9年:18.5km/h→平成15年:20km/h→平成22年:25km/h

【9つの重点施策】
駐車マネジメントの推進、道路交通システムの高度化、自動車使用に関する東京ルールの展開、乗り換え利便性の向上、自転車活用対策、パーク&ライドの検討、ロードプライシング(注)の導入、企業保有者の自宅持ち帰り自粛、物流対策。
(注)ロードプライシング
「特定の道路や地域、時間帯での自動車利用者に定められた額を課金する。」
(シンガポールなどで施行中。)

自動車交通量を抑制
出発のとりやめ(宅配便、運行合理化)
交通手段の変更(パーク&ライド)
目的地の変更(徒歩、自転車、鉄道、バス)
経路・時間の変更

【ロードプライシング東京都の検討状況】
平成12年8月東京都ロードプライシング検討委員会を設置。
平成13年6月、同委員会が報告書をとりまとめ。
今後、都民・事業者を交えた広範な議論を行い、東京にふさわしいロードプライシングの導入に向けた取り組みを進めていく。


6. 今後の自動車公害対策の方向

<1>より低公害な自動車の普及拡大。
<2>環境にやさしい燃料の開発・普及。
<3>交通量の削減などTDM施策の推進。
<4>自動車公害対策の普及・啓発。
<5>調査研究の充実(健康影響評価、環境改善技術、自動車の低公害化技術開発)

東京のような過密都市では、今使っている車を環境にやさしいものに買い換える、浄化装置を付けるなどの具体的な取り組みが必要だ。
東京都としてディーゼル車を全く否定しているわけではない。
浄化装置などの技術によって排ガスが改善されれば良いのである。
現在走行中のディーゼル車については、容認するわけにはいかないという観点で、ディーゼル車対策を進めている。
そして、自動車対策を進めればビルや建物など自動車以外からの排出物規制を進めることが必要となるかもしれない。
制度をつくったから終わりではない、これからが正念場になる。
多くの方々の理解や協力を得なければならない問題だと認識している。

現在生きている我々は、将来世代に対して健康を害さない環境を残す義務がある。
今後も環境改善にむけて、さまざまな取り組みを行っていきたい。


 
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