2005年度 市民のための環境公開講座
   
パート2:
21世紀の新しい自然とのつきあい方  
第2回:
自然に親しむ/共生のサインを探す
講師:
鷲谷 いづみ氏
   
講師紹介
鷲谷 いづみ氏
東京大学大学院 農学生命科学研究科教授
21世紀COEプログラム東京大学「生物多様性・生態系再生」研究拠点リーダー
植物生態学、保全生態学
 
1.人と自然との関わり
 
 これまで、私たち人間は自然に対し、征服して効率良く生産し、人の必要に合わせて改変する等、私たちの生活を快適にするための支配的な考え方、いわゆる「征服型戦略」によって接してきた。生態学の分野では、生き物が適応進化していろいろな形態や生理的な仕組みを持つことも、「戦略を進化させる」という言い方をする。一方「共生型戦略」というのは、自然と共生し、調和するという考え方や取り組みのことである。今、自然との共生を目指す世界的な動きがあり、日本でも様々な政策が始まっている。
 積極的な共生の方策として、1992年の地球サミットで生物多様性条約が制定された。これは生物多様性の保全や生態系の再生を通じて、自然と人との共生を目指すための条約である。また、日本でも外来生物法や自然再生推進法など、生物多様性の保全に関わる法律や政策が新しく作られており、2003年3月には、更に広く自然と共生するための様々な方策を盛り込んだ「生物多様性国家戦略」が閣議決定され、それに基づいた具体的な取り組みなどが進行している。
 しかし、一般には、日常生活と「自然との共生」は結びつかず、実感しにくいのではないだろうか。「共生」の場であるヒトも含む生態系は、様々な要素が含まれているだけでなく、それぞれの関係が複雑に入り組んで存在するため、理解が難しい。ヒトが本気で自然と共生するためには、相手を深く理解することが重要である。人間同士の関係と同様で、相手の気持ちがわからないと、よかれと思ってしたことが、相手には迷惑になることもありうる。きちんとつきあい、相手のことをよく分かっていれば、うまく相手に合わせていくことができる。ヨーロッパでは、自然についての知識が常識的になっており、親は子どもに身近な野草や昆虫や鳥のことについて教えられるが、日本ではそのような光景はあまり見られなくなっている。自然との共生は、普通に生活している人たちが自然を読み解く力を持つことが大事だが、残念ながら日本ではそのための教育が長い間ほとんど行われてこなかった。日本人全体が、生態系を読み解く力、生態系リテラシーを失っている。
 
 
2.生き物の進化と共生の関係
 
 38億年にわたる生命の歴史において、初めは一つの単純な細菌のような細胞だった生き物から、現在の地球上の全ての生き物が派生した。この生物の多様化に、「共生」がとても重要な役割を果たしたと考えられている。
 今、私たちや植物の体をつくっている真核細胞には、動物ならミトコンドリア、植物なら葉緑体のような、染色体を含んだ核があるが、もともとは全部独立した生物だった。核を提供した生物、ミトコンドリアを提供した生物、葉緑体を提供した生物、それらがある時期に何らかのきっかけで共生し、一つの細胞のようになった。これを「細胞内共生」という。この現象のために、現在のように生物が多様化したのである。
 はじめは水の中でしか棲めなかった生物が陸へ上がれたのも、「共生」がキーワードになっている。水中では体全体が水に触れているので、体の全表面から栄養などを吸収することができるが、陸上では水は地面にしかないので、植物は体の一部分である根から必要な水や栄養を全て吸収しなければならない。実は菌類がその吸収を助けてくれている。菌と植物の共生があったからこそ、陸上植物が誕生することができたのである。例えば、不毛な土地に木を植林するとき、木だけ植えても枯れてしまう。その木の根に菌がつき、一緒に存在して初めて樹木が健全に成長することが出来るのだ。菌と植物の関係がわかりやすいのはマメ科の植物だ。マメ科の植物を植えることで土地が肥えてくるのは、マメ科の植物の根に共生している根粒菌が、空気中の窒素を固定し、植物が肥料として利用できるように地中に蓄えてくれるからである。こうして陸上に森ができ、植物が多様化していった。
 
 
3.複雑な生態系と共生のしくみ
 
 そもそも「共生」とは、生態学上「生物間の関係のうち少なくとも一方が利益を受け、両方とも不利益は受けないような関係」のことである。このため、植物には共生関係を強めるための適応進化が起こりやすい。今までは生態系の中でも、一方が損をしてしまう「食べる・食べられる」や「病気を起こす生物と病気になる生物」等の関係や競争を強調する傾向にあったが、最近では共生を具体的に研究することも多くなってきている。
 植物が多様であると最も実感できる部位は、花と実である。植物が次世代を残すために作る花や果実は、非常に多様性に富んでいる。この多様性は、動物と植物との共生関係から生まれたのである。動物と植物は、植物の受粉を動物が助けて動物は餌を得る「送粉共生」と、植物は動物に果実という餌をあげ、動物は動けない植物の種子を動かしてあげる「種子分散共生」というお互いに得をする共生関係がある。
 生態学でいう「生態系」とは、地球というスケールでも、雨の後にできた水たまりでも、ある空間の中で生きている全ての生物と、それ以外の環境の要素を含めたシステムのことである。システムとは、ただ要素が集まっているのではなく、それらが互いに働きかけ合う要素と関係からなる集合である。その空間に何が含まれているかということだけであれば調べて羅列すれば把握することができるが、その生態系がどう動くか、これから温暖化したらある場所の生態系がどうなるのかを考える場合、それらの関係性を考えなければならない。太陽の影響だけでなく光と温度と水の関係を同時に考えなければ、生物の振る舞いはわからない。生き物の種類が多ければ多いほど、二乗的に増える生物間の相互作用についても、ある程度イメージをもって予測しなければ、生態系がどう振る舞うかを理解し、予測することはできない。このように様々に絡み合う関係があるからこそ、生態系を理解するのは容易ではない。
 
 
4.身近にある共生関係
 
 日常生活ではあまり意識されていないが、生態系の中には様々な共生の関係があり、多少の注意を払えば、自然の中での生き物の共生の姿を観察することができる。明治神宮の森では、木の幹に根付いたスミレの花がよく見られる。これはアリとスミレの種子分散共生システムが作り出したものである。スミレは明るい環境を好む種が多いが、木が生長して、明るかったところが暗くなってしまっても、自分で明るい場所に動いたり、種子を運ぶこともできない。アリは比較的森の中でも明るい所を選んで巣を移す傾向があるので、自由に動けるアリに運んでもらえば、スミレもよりよい環境に子孫を残すことができる。アリには、餌を見つけると餌だけでなく餌についているものも一緒に巣まで運び、餌以外のものはゴミとして巣の入口付近にあるゴミ捨て場に捨てるという習性がある。スミレはその習性を利用して、種子にアリの好物をつけることでアリに種子を運んでもらっている。その結果、巨木にできたアリの巣のゴミ捨て場にスミレが咲いていたというわけである。このように、多少の知識があると、普段の何気ない散歩でも様々な共生関係を発見でき、楽しくなるだろう。
 木の幹から種類の違う芽が生えているのは鳥が落とした糞に混じっていた種が発芽したものである。クマも人間と同じように木イチゴや桜の実が大好きで、それらの実を種ごと食べ、遠くまで運ぶ。このように、食べてもらって糞という肥料と一緒に種まきしてもらうという戦略を多くの植物がとっている。この他にも、食べ物が少なくなる冬に備えて、食料をためる「貯食行動」をとる動物と植物との共生関係もある。ネズミやリス、カケスなどの鳥類もドングリや松の実を貯め込むが、貯めた種子の在処を忘れてしまったり、貯めた後にその動物が死んでしまったりするために、残された種子は発芽することができる。ドングリの実が大きいのは、大きい芽を出すためだけでなく、ドングリを運んでくれる動物にアピールするためでもある。
 また、動物の体にくっついて運ばれる種子も、誰も不利益を受けないので共生関係にあるといえる。
 植物の実の多様性は、植物がどのような戦略で動物と共生関係を結ぶかで決まっていることが多い。
 
 
5.共生による植物の生き残り戦略
 
 遺伝子は突然変異などで変化し、機能しなくなってしまう可能性があるため、人間のような複雑な動物は同じ機能をもつ遺伝子を二つずつ持ち、片方が機能しなくなっても、もう片方が機能できる仕組みになっている。しかし、二つとも似たような遺伝子では、両方とも機能しなくなってしまうリスクが高くなってしまうので、遺伝子の近いもの同士で子孫を残すことはとても大きなリスクを伴うことでもある。植物は動くことができないため、場合によっては自己内で有性生殖を行うこともある。一個体で雄しべと雌しべ、両性の機能を持っているものも少なくない。しかし、なるべく自己生殖を行わずに済むように植物はいろいろな仕組みを進化させてきた。その仕組みを凝縮させたのが花である。雄しべで作った花粉が、水や風、ポリネーターと呼ばれる花粉を運ぶ動物など、何らかの媒体を利用して他の個体の雌しべにつき、受粉、受精するという機能から花ができている。植物の方は花粉を運んで繁殖を助けてもらいたく、動物の方は蜜や花粉などの食料を目当てにしてやってくる。植物は、蜜や花粉などの食料を目当てにしてやってきたポリネーターにうまく花粉をつけて、いい相手と子孫を残せるように運んでもらう。花の大きさや色、形、咲き方に多様性が見られるのは、ポリネーターに来てもらうための存在のアピールであったり、うまく受粉できるようにポリネーターの体に花粉を付ける仕組みだったりするわけである。
 初めは、遺伝子情報を運ぶための花粉をポリネーターの餌にもしていたが、後に、花粉より安上がりな蜜をポリネーターの餌にするようになった。また、来てくれる動物に合わせた花の形にして、自分の種の花粉だけ効率よく運んでもらうように進化した植物も出てきた。椿は鳥をポリネーターにしているため、鳥が来ても大丈夫なように堅い花弁を持ち、蜜も花粉もたくさんつけている。熱帯ではコウモリの顔の形に合わせた花もある。蝶はストロー状の口を持っているため、蝶が来るような花は細長い形をしている。夜に行動するスズメガに合わせて夜だけ花を咲かせる花もある。一方では、いろいろな動物に花粉を運んでもらうように進化したものもある。このような植物の動物の関係で、ちょっと生態系が崩れただけでとても大きな問題になってしまうのが、特定の動物に特化して進化した植物である。ポリネーターとの関係が崩れて受粉がうまくいかなくなり、子孫を残しにくくなってしまった植物も少なくない。花は咲くが、花粉を運んでくれる昆虫などが近くにいないので、種子が作れなくなっている植物が世界中で増加している。花が咲いても実がならない「実りなき秋」と呼ばれる。
 
 
6.マルハナバチと植物との共生関係
 
 「実りなき秋」が危ぶまれる共生関係のなかに、マルハナバチと植物の関係がある。マルハナバチに特化して進化した植物が多いためである。マルハナバチはそれぞれ自分の扱いやすい花を決めて、その花ばかり訪れるようになる習性がある。つまり、マルハナバチに花粉をつけると同じ種の植物に花粉を届けてくれるので受粉できる確率が高くなるのだ。しかもマルハナバチは学習能力が高く、他の昆虫たちが蜜を取りにくいような花の構造にしても学習して蜜が取れるようになるので、他の虫たちに蜜を無駄に与えなくても花粉が運ぶことができる。こうしていくつかの植物はマルハナバチに特化した花の形になっていった。マルハナバチも地域ごとに何種類も生活し、それぞれの舌の長さに合った花と相性が良くなっている。
 サクラソウはトラマルハナバチをポリネーターとするように進化してきた。サクラソウが春の早い時期に花を咲かせるのは、トラマルハナバチの女王が外で活動する時期と合わせているからである。動物に雄雌があるように、植物にも雌しべが短く、雄しべが長い短花桂花と、雌しべが長く、雄しべが短い長花桂花という2パターンの花の構造がある。長果柱花の雌しべに短果柱花の花粉がつくか、もしくはその逆だと上手く実がなる。これに対応してうまく受粉してくれるのがトラマルハナバチの女王なのである。
 
 
7.マルハナバチの生活の様子
 
 日本では、ハチは皆恐いというイメージを持たれているが、マルハナバチはヨーロッパでは非常に人気があり、親しまれている。花を訪れるマルハナバチをよく観察していると、中には欲張って蜜を飲みすぎ、重くなって花の下に落ちてしまうものがいることもあり、人と同じようにいろいろな個性を見出すことができておもしろい。マルハナバチの体はふさふさした毛に覆われ、後ろ足のところに「花粉かご」と呼ばれ、花粉がつきやすいように毛が生えた場所に花粉をつけて巣に運んでいる。ハチの巣の多くが地下にあり、マルハナバチはネズミの古巣などを利用している。
 春になり、冬眠から目覚めた女王は卵を産み、育児をし、餌を集めるといった全ての仕事をする。しばらくして最初に生まれた子どもたちが餌を集めてきてくれるようになると、女王蜂は産卵や育児に専念する。ハチのコロニーは全て家族で構成されている。だんだんと子どもたちの数が多くなり、餌をたくさん集められるようになると、巣が大きくなり、夏の終わりには次世代を担う新女王蜂や雄蜂が誕生して巣立ちし巣は終わりに近づいていく。終わり、その頃に巣を調べると、巣にある花粉や蜜、幼虫などを狙うアリが集まっていることがある。マルハナバチがたくさんいて活動しているときは、働き蜂が資源を狙ってやってくるアリやその他の虫を排除して巣を守っているが、巣が終わりに近づくとその力もなくなってしまうのだ。
 
 
8.マルハナバチからみた「共生」の危機
 
 サクラソウが有性生殖していくためには、マルハナバチに受粉してもらう必要がある。また、マルハナバチが自分の巣を春から秋まで維持していくにためには、春に咲くサクラソウだけでなく、秋まで次々に花が咲き続けるような、多様な花が咲く地域でなければならない。そして、マルハナバチはネズミの古巣を利用して巣を作るため、小動物が生息する場所でないといけない。
 昨今、日本の送粉共生系で最も危険な問題をもたらしているのが、外来種のセイヨウオオマルハナバチである。日本のマルハナバチは種類によってうまく花の資源を使い分けていて、日本の野生の花といい共生関係を作り上げてきたが、セイヨウオオマルハナバチは競争力が強く、今まで在来のハチと花との共生関係をも壊してしまうのではないかと、生態学者たちは心配している。どんな外来種も、いったん生態系に入ってくると急速に増える傾向にあるからだ。北海道では、2002年頃からセイヨウオオマルハナバチが急激に増加し、女王蜂の目撃もこの春だけで1000を超えた。日本のマルハナバチが利用しているものの大部分はセイヨウオオマルハナバチも利用しており、しかも日本のマルハナバチよりも効率が良いので、在来のハチは負けてしまっている。ネズミの古巣はそう多くあるわけではないので、それを巡る競争も激しい。以前調査したセイヨウオオマルハナバチの巣では、10頭も女王蜂の死体が転がっていた。つまり、ここに営巣しようと入ってきた11匹の女王蜂が巣をめぐって争い、勝ち残った1匹だけが巣を作ることができたということである。日本のハチは花や巣の場所をめぐる競争でセイヨウオオマルハナバチに負けているらしく、地域によっては勢力図の入れ替わりが起こっている。巣を調べていても、セイヨウオオマルハナバチの方が巣作りに成功していることが多い。また、セイヨウオオマルハナバチは1頭の女王蜂が新女王蜂を100頭以上も生産する。在来種のマルハナバチは成功したものでも20数頭くらいなので、この4倍の差は何世代も経ったらすごく大きな差となる。
 セイヨウオオマルハナバチは今日では高山植物が咲き乱れる国立公園内まで入ってきそうな勢いである。そこでの花とマルハナバチの共生関係の崩壊が起きてしまわないように、たくさんの方の目から監視が必要なため、現在、市民参加の監視活動が進んでいるところである。市民のボランティアの方で、共生を読み解く力を身につけた方がモニターとなり、現在どのような状況になっているかというデータの収集に協力してくれている。
 
 共生のサインを読み解き、生態系の相互関係をイメージするためには、どのようなことに視点を置いたらいいのか考えるとき、今回のお話が少しでもヒントになれば幸いである。