開会挨拶
損保ジャパン環境財団は1999年に設立され、今年で14年目を迎える財団でございます。これまで、「木を植える人を育てる」をモットーに、環境分野における人材育成事業を中心に、環境保全に関する活動や研究に対する支援などに取り組んでまいりました。本日は、その一環である「適応問題研究会」の中間発表としてシンポジウムを開催させて頂きます。
現在、地球規模の大きな課題である気候変動問題の解決にあたっては、「緩和」と「適応」の両方をバランスよく進めて行く必要があると言われています。しかし、地球温暖化を抑制する「緩和」策に比べて、気候変動の影響に的確に対処する「適応」策については、必要性の認識も、実際の取り組みも、はるかに遅れているのが実情です。そこで私どもは、「適応」策が損害保険事業に大きく関わる分野の一つでもあることから、昨年から始めた研究会のテーマとして、この気候変動への「適応」を選定しました。
今回の主旨は、「適応」の重要性に関する認識を広めるとともに、レジリエントな社会に向けてセクターを越えた連携の可能性を探る、というものです。ちなみに『レジリエント』とは、「弾力がある、復元力がある、抵抗力がある、強靭である、また、困難な状況にもかかわらずうまく適応できる力」という意味で、今年6月に開催されたリオ+20でも、レジリエンスをテーマにしたパネルが多数開催され、この言葉が大変よく使われておりました。
このシンポジウムを通して、少しでも気候変動への『適応』へのご理解が深まり、『レジリエント』な社会に向けたそれぞれの取り組みを進める上で、お役に立つことができれば幸いです。
基調報告
世界的に始まった気候変化への適応策
気候変動の影響は、将来起こることではなく、正に今、起こりつつあることです。皆さんも、最近「これは温暖化の影響だね」という会話を耳にすることがあるのではないでしょうか。ここ110年の気温の推移を見ると、確実に上昇を続けており、それが色々な気象現象に繋がっています。ゲリラ豪雨という言葉も非常によく聞くようになりましたが、特にここ3年間は、毎年のように「史上かつてない」とか「今まで経験したことがない」と言われるような集中豪雨に、日本のどこかが見舞われています。そして世界各地でも、豪雨や干ばつの被害が発生しています。そうした出来事の全てが、全部温暖化のせいで起こると結びつけることはできませんが、全体としてその傾向は進んでいます。因みにIPCCの第4次予測では、今後、地球上で炭酸ガスの排出が比較的少ない経路を辿ったとしても、2100年までに全球平均気温は1.8℃、多く見積もった場合では4℃の上昇が起こると考えられています。
温暖化の影響は、日本ではどのような所に出てくると予測されるのでしょうか。まず自然災害を見ると、これまで50年に一回の豪雨が2030年頃には30年に一回の頻度に、つまり強い雨が降りやすくなり、そのために、洪水と斜面崩壊・斜面災害が増加します。実際この強雨傾向は、今から20〜30年後のことではなく、すでに起きているのは冒頭で申し上げた通りです。一方、日本海側の降雪量が減るため、積雪水資源が減少し、農業用水が不足する可能性があります。
では、農業への影響はどうでしょうか。現在の気候帯は北上していくため、お米が穫れる場所が東北から北海道に移動し、リンゴやミカンが穫れる場所もどんどん北上します。先日、長野の方と話をしていたら、温暖化によってリンゴの栽培が難しくなったら、ブドウ栽培に切替えようかと仰っていましたが、実はこれも「適応」なのです。悪い点ばかりを見るのではなく、新しく出てくるもののメリットをどう活用するかという考え方も重要です。昨年、共同通信が「新しい果樹を導入し始めている県」を調べた所、47都道府県中11ヶ所で、それが始まっているそうです。
この他にも、樹木の生息地域も北上しますし、人間への影響面では、34℃を越えると急増すると言われる熱中症で搬送される人の数が増加し、チクングニヤ熱やデング熱を媒介するヒトスジシマカの生息限界も北上するなどのことが予測され、これらも現実に今、起こっていることです。
では、これらについて、どう対策を打てばいいのかですが、気候変動については、緩和策と適応策という二つの対策があります。緩和策とは、CO2等の排出を削減するという対策ですが、この緩和策は、そうしないと気候システムが暴走して手がつけられない状態になるのを防ぐことが第一の目的です。そこで今、国際的には2℃を上限に気温上昇を抑えようと言っています。産業革命以降、今までに0.7℃気温が上昇しました。それでも、これだけ色々なことが起きているのですから、仮に気温上昇を2℃に抑えたとしても、あと1.3℃は上昇するわけで、どうしても色々な影響が残ってしまいます。その避けられない影響に対して適応策で備える…という具合に、二つの戦略をうまく組合わせて、新しい社会を考える必要があるのです。
この適応策について世界ではすでに色々な検討がされていて、EUの17ヶ国、イギリス、アメリカなどが国家戦略として取り組みを進めています。一方、事の性格上、適応策をより必要とされるのは途上国であり、2001年のCOP7で、先進国も援助して途上国でどのような対策をとったらいいかを計画するNAPA(National Adaptation Plan of Action)の作成が合意されました。2008年には、その具体化として、世界銀行のCIFの下に、気候変動のリスクに対して投資する基金PPCR(Pilot Project for Climate Resilience)が設置されました。これには、先進国から1兆円超の基金が積まれ、現在10ヶ国の途上国・地域でケーススタディがされています。さらに昨年から、NAPAを進めた形のNAP(National Adaptation Plan)を作ることにして、その取り組みが始まっています。
適応策の一つの特徴は、気候変動予測という不確実性の下で政策決定をすることで、これには様々な障害があります。また、もう一つの特徴として、緩和策は、例えば、地球上のどの地域で炭酸ガスを減らしても同じ効果が出ますが、気候変動の影響は地域ごとに全部異なります。つまり、適応策は、その影響が出る地域が主体となって立てなければいけないという点にあります。つまり、地域性が高いと言うことです。
そのためにどんなアプローチをするべきなのでしょうか。まず数年の間は、現在の政策に基づくモニタリングや早期警戒に取り組む短期的適応策(Real time adaptation)を進めること、しかし、それを積み重ねるだけでは将来の全てのリスクに対応できるとは限らないので、中長期的には、常に最新の科学的情報を組み込みながら、定期的に適応策を見直すという順応的な適応策(Adaptive adaptation)に取り組むことが重要です。
さらに、適応策の立案には、トップ・ダウンとボトム・アップの双方向のアプローチをするのが望ましいと考えています。すなわち、気候予測などの科学的情報を地域の実情にダウンスケールしていく科学アプローチと、実際に現場で起きている影響、地域の人々が感じている影響が、現在の政策で対応できているのかを検証する地域アプローチです。科学の知見と、現場の経験をどう結びつけていくのかが大切で、両者が繋がることで、強力な適応策の立案が可能になるのではないでしょうか。
適応への取り組み セクター別報告
我が国の「適応計画」策定に向けた取組
IPCCの第4次評価報告書には、「適応策と緩和策のどちらも、その一方だけでは全ての気候変動の影響を防ぐことはできないが、両者は互いに補完しあい、気候変動のリスクを大きく低減することが可能であることは、確信度が高い」、「最も厳しい緩和努力をもってしても、今後数十年間の気候変動の更なる影響を回避することができないため、適応は、特に至近の影響への対処において不可欠となる」と記されており、今後この課題への取り組みが重要であることが認識されています。
この適応について、諸外国での取り組みはどうなっているかというと、三村先生の基調講演でも触れられていましたが、イギリス、アメリカ、EUなどで進められているのと同時に、アジアでは中国や韓国でも既に始まっています。特に韓国では、法律に基づいた国家適応マスタープランが策定されているということで、日本より進んでいるのかなという印象を受けます。
我が国ではどのような地球温暖化の影響があるかというと、平均気温が100年あたり1.15℃の上昇しており、20世紀初頭と比べて、日降水量100mm以上の大雨の出現頻度が約1.3倍に増加しています。そして、生活面の影響はというと、米粒の内部が白く濁る白未熟粒や胴割粒などの品質低下、ミカンの日焼け果や浮皮症、ミドリイガイやチョウチョウウオといった南方系の種の東京湾での増加、高山植物の消失などの現象が見られています。また、これまで東北地方で100年に一度の頻度で発生した規模の洪水が30年に一度の頻度で発生し、リンゴやミカンの栽培適地も北上するなどの予測がされています。
環境省では、2008年から、我が国への影響及び研究知見を網羅的に整理した「気候変動への賢い適応」という報告書をまとめ始め、2010年には、国及び地方公共団体の適応策の検討計画の実施を支援するための「気候変動適応の方向性」を取りまとめました。このような流れを受け、今年4月27日の閣議決定で「環境策を引き続き推進していくとともに、適応能力の向上を図るための検討を実施することが必要である」という環境基本計画が策定されました。環境省では、今後も各年度末ごとに、適応計画策定に向けた報告を皆様にしていく予定です。
自治体の視点からの適応策の考え方
三村先生の基調講演にもありましたが、短期的適応策ということで言えば、今起きている影響への対応は、自治体各局が各責任において既に一生懸命やってくれているものです。環境局としては、その先をどうするかということを考えています。
例えば、自治体としては、治水対策にしても熱中症対策にしても既に取り組んでいて、このような既存対策と適応策は、一体何が違うのでしょうか。今までは、「気候は長期にわたって一定である」という前提で、全ての施策、事業、施設が、策定、計画、設計、実施されていました。しかし、気候変動によって、「気候が長期にわたって変化していく」という新しいリスクが出現しました。これが気候変動リスクです。これを、新しいリスクとして確認・検証すること、これが重要なことになったのです。ですから、既存の施策をきちんと検証した結果、今のままで良ければ、それは適応策となり得るのです。
気候変動リスクの把握のためにまず重要なのは、気候変動のトレンドを捉えるための長期にわたるモニタリングです。しかし、直近の現象を察知するのにはモニタリングは有効ですが、インフラや都市計画等、準備に長期間を要するものの場合、気候の変化をモニタリングが捉えた時点では、有効な適応策が間に合わない場合があります。例えば、防水扉を設置するなど、対策が数年で実施できるものであれば、モニタリングによる気候変動のトレンド把握によって準備していくことになりますが、対策に数十年がかかる場合は、数十年先の将来の気候変動を予測するために、気候モデルによる検討が必要になります。但し、気候変動予測は、将来社会状況を仮定して予測するので仮定の違い等による「予測幅」が必ず発生します。その幅はいつまで待っても無くなるものではないので、幅に応じて計画目標と変化に対応できる計画が必要になります。ここが、技術的に最も難しい点だと思います。しかし、ロンドンなど、このような計画のやり方を実践している所は既にあり、その他にも海外には色々な良い事例がたくさんあるので、それらを学んで、今後の適応策の推進に生かしていきたいと考えています。
日産自動車の取り組み 〜自然災害リスクへの適応事例〜
日産自動車は、1933年に設立され、間もなく80年を迎える企業です。経営悪化から1999年にルノーと提携し、2000年から「リバイバルプラン」の下で立て直しを図り、現在では世界18ヶ国で生産、170ヶ国以上で485万台の自動車を販売しています。
当社が自然災害対策に取り組み始めたきっかけは、地震対策です。リバイバルプランが成果を収めた後、当社は「持続性ある成長」を目指し、何かが起きた時でも揺るがない、企業としての足腰の強化へとシフトしようとしたのです。そこで、「日産の最もクリティカルなリスクは何か?」を議論し、日本の大規模地震であるという結論を得ました。当時の主力工場は、神奈川・静岡に集中し、ほとんどの建物が昭和40年代に建設された旧耐震構造でした。また、海外工場で使う部品も日本から輸出されていたので、日本の工場が停まってしまうと、海外工場も停まってしまうような体制だったのです。そこで、「地震対策計画」を策定し経営に提案しましたが、その投資額は巨額に上るため、中々承認を得られず、最後は地震学の最高権威の先生が、経営会議でゴーン社長に直接説明をすることで、ようやくOKを貰ったという経緯があります。当時は、増産、モデルチェンジ、人員削減など、明確なリターンが見込めるものにしか投資の提案は許されないという雰囲気がありました。建物なんて古くてもいい、屋根に生えたペンペン草も抜くと雨漏りがするから抜かないというマインドの人間の集まりだったわけです。その中で、これだけの投資が実現したのは、画期的な出来事でした。
当社の自然災害リスク対策の一例をご説明しますと、アメリカでは、ゴルフボールよりも大きな雹が降り、これが車に損害をもたらしてしまいます。そのため、2003年の事故を受け、アメリカ・テネシー州の工場に樹脂製のヘイルネットを設置しました。国内では、2004年に史上最多10個の台風が上陸したことを受け、翌2005年に防砂フェンスを九州工場に設置しました。台風は、砂や砂利の巻き上げによって、車の塗装に細かい傷をたくさんつけてしまいます。それらは全塗装をし直せばきれいにできるのですが、一旦傷ついたものをお客様にお出しすることはできません。
それまで、自然災害が起きると、お客様に約束していた納期に遅れてしまっても、それは仕方ないこととして許されるものという雰囲気がありました。しかし、お客様にとっては、かけがえのない楽しみにしていた一台なのですから、お客様の満足を第一に考えれば、台風が来ようが何が起きようが納期を守る、という意識レベルの高まりも対策に繋がったと思います。
また1年前、東日本大震災やタイの洪水を経験して、操業停止期間の短縮、他工場・他市場への影響軽減を実現しました。そのキーワードは、開発・生産・購買が一つのチームとなって部品やサプライヤーごとに協同で即断即決の対策をする「クロス・ファンクショナル」と、各国の生産・物流担当者を一同に集め、ともすれば部品の取り合いになりがちな状況の中で、全体の最適のためにどうするべきかを考える「クロス・リージョナル」です。これらは、当社の早期復旧に大変役立ちました。
民間セクターの取り組み
持続可能でレジリエントな社会の実現のためには、公的セクターはもちろんですが、民間セクターによる適応の取組みが求められています。その背景の第一には、気候悪化によるサプライチェーンの寸断等で、経済に負の影響を与える事態が多くなっていること、第二に、脆弱な国や地域では、気候変化に強く低コストな製品やサービス、技術へのニーズが高まっていることがあります。
民間セクターの取り組みは、状況依存的で極めて多岐にわたりますが、大別すると2種類に分類できます。その一つは、操業地やバリューチェーンにおける対策を通じて、気候リスクの防止・軽減を図る取り組みです。その実例をご紹介しましょう。
アメリカ南部の電力会社・エンタジー社では、2005年のハリケーン・カトリーナによって、12万kmの送電線が被害を受け、その被害額は20億ドルに上りました。この経験を踏まえ、外部専門家を含めたグループを編成し、リスクを評価し計画的に強化を実施しています。
食品飲料メーカーのペプシコ・インディアでは、操業地での水不足が深刻なため、水使用を抑える米の直播法に着目し、7億ℓの水利用を節約し、温室効果ガスの排出を70%抑制しました。またパンジャブ地方で省水型果樹農園づくりに協力し、収穫作物の選択肢を拡大させると同時に、トロピカーナジュースの供給基盤を得ました。
同じ食品飲料メーカーのネスレは、干ばつに強く、収量が多いカカオの品種開発を行い、その苗木を調達先の農民に配布。現地で研修スクールを開催し、栽培教育を実施して、気候に強く安定したサプライチェーン作りに取り組んでいます。
二つめは、気候変化に強い新たな製品やサービスの開発・提供を通じて、地域社会のレジリエンス向上に寄与する取り組みです。こちらも実例をご紹介しましょう。
携帯電話会社のノキアは、気候に脆弱な地域の農民に対して携帯電話による情報サービスに取り組んでいます。高度にカスタマイズされて気象予報や最適農作物や肥料の使い方を携帯電話を通じて提供するというものです。
損害保険ジャパンは、タイで「天候インディックス保険」を販売。雨水に頼る天水農法を営むタイの農民に対し、7〜9月の降水量をターゲットとして干ばつが発生した際、速やかに保険金を支払うことにより、借金で生業を継続できなくなることを防ぐものです。
アメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)は、新たな水処理技術を使った「水キヨスク」をインドの水道がない地域で普及させるため、地元起業家に資金面から支援するマイクロファイナンス作りに取り組んでいます。また、アメリカ国内で、このような質の高い雇用を生み出しています。
このような民間セクターの取り組みは、同時にグリーン成長を促進する効果もあります。アメリカのNPO・オックスファムによると、経済の活性化、グリーン技術に基づく長期的成長、脆弱なコミュニティに対する支援、世界の危機管理に役立つとの評価があります。この取組みが進むよう、当社も京都大学防災研究所と共に、適応策の評価ツール開発に取組んでいます。
パネルディスカッション
パネラー:基調講演・セクター別報告登壇社の皆様
西岡原発事故以来、温暖化問題はどこへ行ったのかと言われることが多いようです。でも、大切なのは、私たちは自然を相手にしているということで、自然は待ってはくれません。その抑制策が遅れてしまうと、益々「適応」に重きが置かれることになります。今日、ご登壇頂いた皆さんの話を聞いて、適応は、国家から個人まで様々なレベルで実に多層的に取り組みが進められていると感じたのですが、それらを更に一歩進め、レジリエントな社会を作るための課題は何なのかについて、この場で話し合っていきたいと思います。
斉藤課題について、調査を二つ紹介したいと思います。まず、法政大学地域研究センターが自治体に行った調査では、適応策の必要性について「大変関心がある・関心がある」と答えた自治体は8割以上ある一方、その課題として、「実施に必要な情報が確保されていない」「実施の技術・ノウハウが十分でない」といった意見が多く挙げられています。次に、私どもが企業に対して行った調査では、気候変動関連のリスクとして「豪雨・洪水等の自然災害の増大による事業活動やサプライチェーンへの影響」が最も懸念されており、適応への取り組みを進める上での課題としては、「予算やマンパワーの不足」「情報・ノウハウ・技術・知見の不足」「何をすればいいか分からない」という点が挙げられています。
菅原課題として、3点ほど挙げたいと思います。まず、対策にはお金がかかり、またどれ位使えばいいのかということが判断しにくいということです。次に、今申し上げたこととも関わるのですが、計画を立てていく場合に、従来の前提条件でいいのか、それを見直す必要はあるのかということの難しさです。更に、当社の場合、新興国での生産がメインになっているのですが、それらは自然災害リスクが高い地域も多く、サプライチェーンも含めてハード対策・ソフト対策をどうしていくのかを考えていかなければいけない、というポイントです。
市橋私も3点挙げさせて頂きます。まず、西岡先生もお話しされていましたが、気候変動の危機意識の希薄化ということを最近特に感じています。地震対策ももちろん大切なのですが、決してそれ以外のリスクが無くなったわけではありません。次に、適応策は基本的に既存施策の修正なので、縦割り等の今までも指摘されてきた問題が、適応策についても、同様に存在します。最後に、気候変動リスクの特徴からくる新たな課題があります。気候変動予測の不確実性もその一つですし、適応策に必要となる予防的対応もそうです。行政は起こったことに対応するのは得意ですが、将来起こりうることに対して予防的に対応することは得意ではありません。適応策は、これを長期にわたってやらなければならないので、これもまた課題となっています。
辻原気候変動、とりわけこの適応の問題は、100年先を考える時に、身近に感じられない部分が多く、どのように国民的合意を作っていくかが非常に難しい問題です。そのために我々は普及啓発に努めていかなければなりませんし、関係省庁・自治体を巻き込んで色々な知恵を総合してやっていかなければいけないと思っています。
三村気候変動の問題は、それ単体ではなく、今ある他の社会問題とともにどう解決できるのかという視点で考える必要があります。震災前、日本が直面している三つの問題として、温暖化対策・少子高齢化・経済の活性化がありました。これらについて、グリーンイノベーションで地域を元気にするということを引き金に、三つの問題を総合的に解決することが模索されていました。しかし、これに震災と原発事故が加わったのが今の日本です。温暖化対策は長期的なリスクマネジメント戦略の一つということだったので、この観点から、その他のリスクも含めて、安全・安心な社会をどう作るかを考えていくことが必要なのではないでしょうか。
西岡ここで、会場の皆さんから頂いた質問にお答え頂きたいと思います。
まず、「気候変動によるサプライチェーンの中断に対応するために、どのような取り組みを進めているのですか?」という質問が来ています。
菅原適応という視点からお答えしたいと思いますが、まず、3.11やタイの洪水を踏まえて、分散化・複数化を徹底するようにしています。また、サプライヤーさんに対して事業継続計画(BCP)や事業継続マネジメント(BCM)のお願いをして、直接私どもと契約関係にあるサプライヤーさんだけでなく、その先のサプライヤーさんも含めたサプライチェーン全体についての管理を強化する方向で対応しています。また、当社自身については、世界的に生産の分散化をしています。今では株主に対する説明責任として、気候変動以外のリスクも含めてリスク管理対策ができていないと、経営責任を問われる段階に来ているのではないかと思います。ただ、そこまでお金を使って、企業として元は取れるのかということも同時に問われますので、現実的には、そこは判断が難しいのではないでしょうか。
斉藤 サプライチェーンの安全性は、21世紀の経済の安全保障の課題とも言われています。適応策への民間セクターの取り組みについては、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の民間セクターイニシアチブ(PSI)のデータベースに100事例が載っています。先ほどの私の報告は、その中から抜き出してご紹介させて頂きました。また、国連が、企業が責任ある創造的な指導力を発揮した行動をまとめたグローバルコンパクトのレポートや、OECDのレポートにも色々な取り組み事例が掲載されているので、こういったものをご覧になるといいかと思います。
西岡次に、「企業や自治体は、気候変動の予測情報を、どのように入手・活用すればいいかが分からない。どのように情報を発信しているのですか?」という質問です。
三村温暖化問題については、20年位前から、観測、気候モデル、影響の評価、対策など、色々なプロジェクトが動いています。多くの場合には、そのプロジェクトのホームページや、報告書という形で、個別に情報が出されています。しかし、国民の多くの方は、色々やっているらしいけど一体どこに行ったら、それらが全部分かるんだろうというお気持ちなんだと思います。研究者もそれらをまとめる必要があると感じていますし、政府の方でも何らかの動きがあるのだと思います。情報をまとめることについては、DIASいうプロジェクトが文部科学省の下で動いていて、観測から対策までのデータセンターを作ろうということで準備が進んでいます。それらを国民の皆さんに分かりやすい形にして伝える情報発信については、政府の今後の大きな課題だと思います。
辻原個別のプロジェクトや報告書については、環境省のホームページなどをご覧頂ければ、それぞれに行き当たることができると思いますが、全体を見渡すということでは、私自身も探すのが中々大変だと感じる所もありますので、今後、改善していかなければいけないと思います。
西岡それらの情報がどのように都民に例えば伝えられるのか、ということについて、ちょっとお話し下さい。
市橋適応策のPRについては、単に「影響が出ます」と言ってしまうと非常に誤解を招き、センセーショナルに伝わり過ぎてしまう側面があります。また、実は何十年後の話なのに、その対応が何も出来ていないように思われても困る問題です。つまり、危機感を煽るようなことはやりたくないのですが、その一方で、「気候変動を進めていく上で危機感が薄れてしまった」と先ほど逆のことを言いましたが、気候変動対策をやらなければいけないという認識もして頂きたい。これは、非常に時間がかかる課題でもありますし、実際、時間をかけていい部分もあると思います。きめの細かい対策が将来にわたって必要になるので、慌ててやってもうまくいかないですし、その点を十分理解して貰いながらPRしていきたいと思っています。
西岡ここで改めて、皆さんに伺いたいと思います。適応における課題を乗越える上で、主体の取り組みとは何だとお考えでしょうか?
斉藤民間セクターが、今後避けられない気候変動に強靭に対応していくためには、適応策を担える専門的人材が社内に育つということが大変重要です。則ち、気候リスクについてグローバルで基礎的な知識・ノウハウを持ち、また、国・自治体・NPOなど様々なステークホルダーとのネットワークも持ち、色々な意見を聞きながら柔軟に適応戦略を調整し、構築できるような人材が必要です。更に、気候変動には避けられない高い不確実性の中でも、トップを一貫して支えられるようなタフな人材を育成し、これを活用していくことが欠かせないのではないでしょうか。
菅原この問題については、トップダウンでやらなければ難しいと感じています。CSRでも、BCP、BCMでも何でもいいのですが、価値観の拠り所となるものを設定して、トップダウンで進めていく必要があります。あとは、継続は力なりということで、地道に粘り強くやっていくしかないと思います。また、スパコンの活用によって、予測精度が向上していますが、こうしたものがもっと利用しやすくなる環境が整えば、計画立案の参考にできるかもしれません。また、当社にとっては新興国が大変重要ですので、新興国の災害リスクの調査や、近隣諸国との情報共有など、活用策が色々考えられると思います。
市橋適応策とは、既存施策の上にリスクを一つ加えたものということで、今までやってきたことの継続が非常に重要です。例えば、手前味噌ではありますが、今年の夏はとても暑かった訳ですが、東京都が今まで一生懸命、緩和策として気候変動対策をやってきたことがベースとしてあったので、節電対策などが上手く機能したという部分があると思います。このような地道な積み上げがないと、いざ何かがあった時には動けません。適応策もそれと同じことだと思っています。あとは、技術的な課題や、予防的な対策の難しさについては、都市間の協力や異分野の人々との協力など、より広い人々を巻き込んでやっていくことが重要なのではないでしょうか。
辻原国の役割としては、国民のご理解が第一ということで、まず広報に力を入れていくべきなのかなと思っています。その他、具体的事例の収集・普及に力を入れていくのだと思います。適応は、今後の国全体のあり方を考えていく上で重要な基盤になる訳ですけれども、これは一省庁、一担当者だけで考えられるものではなく、国民の皆さんの合意を得て作っていかなければならないので、合意形成のシステムを継続的にどう作っていくのかを考えなくてはいけないのかなと思っています。温暖化は、正に今ある問題であり、将来の問題でもあります。そして、将来になればなるほど影響が大きくなるので、総論は賛成だけど各論はちょっと…という話があると思います。その複雑な利害関係は、政治の世界の話なのかもしれませんが、その調整が必要になってくるのだと思います。
三村私は、司令塔とネットワークが必要だと思います。温暖化問題は、非常に広い分野に及んでいます。これだけ広い分野にわたる色々な課題を、どうやって整理し、研究や技術開発も進め、政策も進め、人づくりも進めるということをやるのかと思うと、やはり全体を見渡して色々な所にきちんと手を打つ司令塔が必須だと思います。そういう機能が日本の中に出来れば、組織だった対策が加速すると思います。英米の例を見ても、政府の中に全体を見渡す機能があり、それがある国が先進的な取り組みをしているのです。今日のこの集まりで、新しい情報を色々と知ることが出来ました。このような、情報を持ち寄り、それをネットワークで国民に知らせる仕組みを作ることが出来れば、我が国も進んでいけるんだと感じました。
西岡皆さん、ありがとうございました。これだけ色々な知識や研究がある訳ですから、それらをいかに結集していくかが問われているんだと思います。みんなの知恵を集めて、それをそれぞれの部署に持ち帰って、合意やシステム、ネットワークを作って、そして仲間を集めることが重要なことだと思います。本日は、様々な立場からの貴重なご意見、本当にありがとうございました。
(終わり)
構成・文:宮崎伸勝/写真:黒須一彦(エコロジーオンライン)